4.城館の仕掛け(1)
セラフィーナは血相を変え、ミラリアの部屋に飛び込んだ。
……が、運悪く、その時の姉はティータイムの真っ最中であった――。
「う、うぅぅぅ、痛い……何で殴るのよぉ……」
セラフィーナは頭を抑えながら、ミラリアと共に先ほどの場所に向かっていた。
ロクな説明もせぬまま連れ出そうとしたため、“お仕置き”を受けてしまったのだ。
「フィーちゃんが悪いんですよ?
ちゃんと説明してくれたら、お姉さんは怒らないんですから!」
バルコニーから東棟に繋がる廊下の突き当りに“それ”がある。錆びついた鉄板の蓋と、乱雑に散らばっているブロック――もしこれで何もない、ただ鉄板が張り付けられたいただけであれば、きっとゲンコツぐらいでは済まないだろう。
見た時は『これだ』との思いがあったが、今のセラフィーナの“確信”は揺らぎ、ゆっくりと“不安”へと姿を変えようとしていた。
「なるほど……壁の裏にまた壁、ですか……確かにおかしな構造していますね。
そしてこれが、フィーちゃんの言っていた空気孔……ですが、風はきていない。
で、この小さな穴が“メダルの投入口”、かもしれないのですね――?」
「う……ん。どうかな、メダルを入れても大丈夫そう?」
「私にも分かりませんが、
ミラリアの言葉の通り、セラフィーナにはこの書置きを遺した者も謎だった。
鉄板の様子からして遥か昔の物であるが、その頃にはこれが塞がれていなかった事になる。
字と会話の様子からして“姉妹”の会話ようだ。何らかの理由があって塞いだ、隠したのだとすれば、一体何のためにそうしたのか。浮かび上がる候補はそう多くない。
「財宝を隠した者が残した、“謎解き”の挑戦状――って所かな」
「はぁ……こう言う事に関しては、本当に鋭いですね。
まぁとりあえず、メダルを入れてみましょう」
セラフィーナは金が絡むと頭がよく回る。彼女は即座に『ヒントを暴いたものの、先人たちは先に進めなかった』と見抜いていた。
呆れ顔のミラリアは、チャリン……チャリン……と、ゆっくりとメダルを投入し始めてゆく。……が、手持ちの五枚を全て入れ終えても、特にも起らずシン……としたままであった。
「何も、起りませんね」
「う……、もしかしてただの隙間だった、とか?」
「いえ、それは恐らくありませんし、そうだと思いたくありません。
もしそうなれば、ねえ?」
「あ、あはは……何か起れー……」
そんなセラフィーナの願いが通じたのか……壁の奥で小さな振動音が鳴ったかと思うと、庭の方から水が溢れ出るような音が起ったのだ。
ミラリアとセラフィーナは互いに顔を向け合い、信じられないと言った様子で、目を丸くしている。そしてすぐに、音の発生源である庭に向かって駆け始めた。
二人の頭に浮かんだそこには、確かに水が発生するような“箇所”がある。
――【五……水】
と、鉄板に刻み込まれていた通り、確かに五枚のメダルでそれが起っていた。
彼女たちが庭に辿りついた時には、二基ある内の片方……東側の噴水から、青く澄んだ水が、ざあざあと噴き出していたのである。
そして……その水たまりの中では、泥だらけのブラードが、噴水を浴びながらじっと座り込んでいた。
「アンタ、そんなとこで何してんの……?」
セラフィーナの言葉に、ブラードは困ったような表情を浮かべながら『クゥーン……』と寂し気に鳴いた。
どうやら、そこで昼寝していたらしく、突然噴き出した噴水――泥と埃混じりのシャワーをまともに被ったようだ。
「あらあら、災難でしたね」
「で、綺麗な水になったのを見て、水浴びしてたってわけね」
ブラードは、そうだと言わんばかりに『ウォン』と吠えた。
呆れ顔のセラフィーナは、もう片方の噴水を見るや、眉を潜め首を傾げた。
「でも、何でここだけ水を噴き出したんだろ?
もう片方はそんな気配も全くないし……もしかして、壊れてる?」
「うーん……?」
ミラリアも、こればかりは分からないと言った様子で、顎に手をあてて思案に耽っていた。
・
・
・
生き返った城館の仕掛けは、噴水だけではない。この“解放”は女たちにとって、非常にありがたいものであった。
「あ゛ぁ゛ー、やっぱ水源が確保できるっていいわー」
ミラリアは『もしかすると』と、地下にあった浴場に足を踏み入れると、彼女の読み通り、枯れた給水口から何と温泉が流れ出ていたのである。
その夜は立ち込める白い蒸気の中で、姉妹は久々の入浴を楽しんでいた。
これまでも身体を拭いたりはしていたものの、年頃の女二人には満足のいかない物だろう。
特にここ数日、今日一日、ずっと肉体労働をしていたセラフィーナにとって、その温かい湯は最高のご褒美だった。
疲れた身体に染み渡ってゆく感覚に身を委ね、何とも心地よさそうに顔を緩めている。
「うふふ、お疲れのようですね」
「もう、しばらくは土木作業はヤだよ……あ゛~……いいお湯~……」
「本当にいいお湯ですね。久しぶりに私もお風呂に入れて良かったです」
ミラリアも白い肌を朱に染め、その湯を堪能していた。
いつ盗賊の襲撃が来るか分からないので、ブラードがふて腐れ顔で見張りを行っている。
目の前の女二人と一緒に入れると思っており、見張りを告げられるとは思ってもなかったのだ。
「……でも、私がずっと<パワーグラブ>使ってたから、姉さんの方は全然進んでないんだよね?」
「構いませんよ。私は私のやり方で身を守りますし、ある程度はもう仕掛けてありますから」
「……ごめんね。もっと静かに過ごせたはずなのに……」
申し訳なさそうな顔を浮かべているセラフィーナに、ミラリアは目を閉じながらゆっくりと口を開いた。
「私はフィーちゃんといる時が楽しい、と言ったじゃないですか。
それに、あの盗賊さんが来なければ、今私たちが堪能しているお風呂もありませんし。
もしも、フィーちゃんが盗賊さんの恨みを買っておらず、あのままシスターズの町に居たとしても……この楽しい時間はやって来なかったでしょう。
確かに色々起りましたが、私は今の状況を楽しんでいるのですよ――」
ふふっ、と笑う姉の言葉に、セラフィーナは引っかかる物を覚えていた。
――もし、盗賊の恨みを買っていなければ
ミラリアはこの湯に温められ、つい口が緩んでしまったのだろう。
彼女はそこで全て悟った。町を去ることになった原因を作ってくれたのだ、と。
セラフィーナは、口元まで湯をつけブクブクと『ありがとう』と言うしかない。
ミラリアは分かったのか、分かってないのか……ただ優しく微笑んだだけであった。