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5.盗賊襲来(2)

 この日は、朝から雨が降っていた。夜明けと共に、どんよりとした雲が空を覆い始めたかと思うと、すぐに地面を濡らし始めた。
 秋の雨は、冬の寒さを決めると言う。しとしとと降り続ける雨粒は、夏とは違う冷たさを含んでおり、季節の終わりを告げているようだ。
 魔女の姉妹は物憂げな空に重い息を吐き、城館の格子門に厳しい目を向けた。

 ――いよいよ来たか、と。

「……姉さん、大丈夫そう?」
「ええ。問題ありませんよ。ですが……」
「私の方は余裕よ。パパッとやってしまいましょ!」

 心配そうな目を向けるミラリアに、セラフィーナは胸元で握りこぶしを作った。
 不安がないわけではない。彼女にも初めての試みでもあるため、成功率は未知数なのだ。しかし、姉にいらぬ心配をかけたくなかったのである。
 彼女はボウガンを手に、ゆっくりと持ち場の方向に足を向けた時――ミラリアは静かに口を開いた。

「……絶対に、無理はしないでくださいね」
「私にとっての『無理』は、姉さんの無茶振りだけよ」

 セラフィーナは、どこか悪戯な笑みを浮かべ、手をヒラヒラと振りながら姉に背を向けた。
 ブラードは姉のいる棟に控えさせている。出来るだけ、敵――盗賊を寄せないためだ。

(姉さんは弱くはないんだけど、ね)

 廊下の真ん中で、ふぅ……と息を吐いた。庭に向く割れた窓ガラスから雨が吹き込み、石畳に水たまりを作っている。
 雨脚は次第に強くなり始め、水膜を張る窓から、雑草の中に身を潜める者たちを見た。

(十……十八ぐらいはいるかしら。こんな日にご苦労なことね)

 薄暗くなる雨の日を待っていたのだろう。仕事熱心な者たちだ、とセラフィーナは感心していた。
 大半の盗賊の装備は、以前来た者とあまり変わっていない。が、一部は鉄の胴鎧に鎌や鎖分銅、フレイルまで手にしている者まで見受けられ、相手が相当躍起になっている事が窺える。
 これも彼女の想定通りである。ピチャリ……ピチャリ……と音を立て、雨に濡れた暗い通路を歩き続けた。

 顔に魔女の笑みを浮かべながら――。


 ◆ ◆ ◆


 雨に打たれ続け、盗賊たちは震えていた。この日を待ち望んでいた盗賊たちであったが、この時期にしては珍しい、冷たい雨は想定外であったようだ。
 ポンチョを纏っているが、それも早々と水が染み込み、雨具としての役目を果たせていない。濡れた皮のブーツからは冷えが昇り、小便をしたくて堪らなかった。

(くそっ、襲撃には持って来いの日だが、思った以上に寒びぃな――。
 魔女の使う“魔法”とやらが、どんなシロモノか分からねえ今は、ただ待つしかねえが……)

 魔女の捕縛命令を受けた男・〔クライド〕は心の中で呪詛を述べ続けた。
 醜悪な顔つきはさることながら、その気性も荒く、じっと待つ事は苦手な性分であった。
 お頭・ランバーには『()()の怪我を負わせても良い』と言われているため、この溜まった小便は、捕えた魔女の消毒液にしてやろう、とすら考えている。
 ……しかし、じっと待てど何も起こらず、彼の尿意は増すばかり。芯まで冷えた身体をぶるりと震わせた。
 周りの者も同じようだ。しびれを切らした彼は、さっと手をかかげ、身をかがめながらその玄関扉に向かってゆく。

(ハッタリか……? 何も、ねえが……)

 近くに居た部下に、手信号を送りボロボロの扉を開くように指示を送る。
 どこか嫌そうな顔を浮かべたが、上の命令は絶対である。渋々と言った様子で、手にした短弓を片手に、ギィ……と押し開いた。
 身を屈めながら、扉の隙間に身を滑り込ませ中の様子を探り始めた。

(大丈夫、か)

 何も問題がないのを見て、クライドは周囲に目配せをし、腰を浮かせた。
 その時だった――ボロ扉の向こうから、小さな呻きが聞こえたかと思うと、僅かな間をおいて、どさり……と何かが倒れた音が起こったのである。

「なっ……」

 慌てて足を踏み入れた盗賊たちは、唖然とした表情を浮かべていた。
 額に矢が突き刺さった骸が転がっている――まだ温かさが残る仲間の姿に、誰もがその光景に立ち尽くし、バルコニーに居る射手の存在に気づいていなかった。

「――ハァイ、泥棒さんたち。
 服のままシャワーを浴びるなんて、よっぽど溜まってたの?」

 突然の女の声に、盗賊たちはハッと顔をあげた。
 そこに居たのは、バルコニーに肘をかけた褐色肌の女……彼らが捕えろと命じられた魔女・セラフィーナが立っていた。
 矢を放ったばかりのボウガンをブラブラ動かしながら、どこか余裕あり気な様子である。

「ここは、お金無い人はお断りよ? ちゃんと持ってるかしら、ふふっ」
「お、お前が魔女かっ!!」
「そうよ。どう? ワタシのカラダ、欲しくて堪らないでしょー?」

 怒声をあげるクライドに、セラフィーナは両手を後頭部に回し、ポーズをとりながらウィンクと唇を鳴らした。
 褐色の肌のせいか、輪郭がぼんやりとしているものの、薄暗い暗闇の中でも分かるほどの美しい銀色の長い髪が輝いている。何人かの盗賊は、彼女の腋、健康的な腰回りから横太ももに、ゴクリ……と生唾を呑んだ。
 よく見ようと、体重が前にかかり、思わずつんのめった者も見受けられる。

「うふふふ、何人かはもう我慢できなさそうね。
 ……私を捕まえられたら、好きにしてイイわよ? 捕まえられたら、ね?」
「――ま、待ちやがれッ!!」

 セラフィーナは不敵に微笑むと、東棟に繋がる通路の闇へ身を沈めてゆく。
 クライドはすぐに階段を駆けあがるが、そこにはもう彼女の姿はなく、悪魔の胃袋に繋がっているような、不気味な闇が眼前に広がっているだけだった。
 彼の本能が『危険だ』と告げるが、今の彼には耳を貸す余裕などない。挑発された事に対する怒りと情欲が入り混じり、『あの女を犯してやる』としか頭になかったのだ。


 ◆ ◆ ◆


 セラフィーナは廊下の曲がり角で息を潜め、こちらに向かって来る男たちの足音を聞いていた。
 視界にチカチカと星が飛び交い、その控えめな胸の中には、ある一抹の不安を抱えている。

 ――癖になりそうだ

 誕生日を迎える子供のようだ。自然と息が震え、口元が緩んでしまう。小動物を狩るだけでは得られぬ緊張と興奮に、胸がドキドキと鳴りっぱなしだった。
 そんな彼女の居る場所に向かって、バタバタと勇ましい“獲物”の足音が近づいて来る。

(三人、五人……の並びか。
 館に入ったのは十六人だから、半分を追跡に向かわせたのね)

 目を瞑り、ゆっくりと胸を押さえながら、息を整える。
 盗賊たちは後三メートルも進めば、目的の“獲物”と鉢合わせするだろう。
 セラフィーナは、スゥッ……と息を吸い、運命の一歩を踏み出す覚悟を決めた。

(まずは頭の三人、貰うわよ――ッ!!)

 セラフィーナが、グワッと目を見開いた瞬間――。
 彼女の後ろの廊下で『ドォンッ――!』と、大きな爆発音と地鳴りが響き渡った。
 それから、一呼吸おき……呆然と立ち尽くした盗賊たちの、苦悶・驚愕の声が起り始めた。

「な、何が……何が起った……ッ!?」

 盗賊たちの眼前に、信じがたい光景が広がっている。
 前を走っていたはずの三人が突然――爆発に巻き込まれ、目の前で四肢が吹き飛んだのだ。

「う、ぐあ、ぁぁぁ……目が、目が見えないっ……」
「お、おい大丈夫かッ、おい、しっかりしろッ!!」

 一人は生きていた。だが、飛び散った破片が顔からあちこちに刺さり、もげた左手首を抑えながら、痛みにのた打ち回っていた。

「今助けを――はッ!?」

 廊下に立っている四人の内の一人が、“何か”に気づいた。
 ハッ、と顔を横に向けた視線の先に――眼前の壁石が盛り上がり、その隙間から覗く黄色の光が映る。
 遅い。その光はゆっくりと……彼に“思い出”を見せられるほど、ゆっくりと広がってゆく。

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