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05

 詩織は、私が唯一真っ黒な感情を──殺意を抱かない人間だった。

 川上詩織は色を持っていない。

 私と同じ黒い本性でも、灰色の仮面でもない。純真無垢な白、というわけでもない。

 詩織自身はもちろん、彼女に意識を向けている間は、他の誰かの色さえも白く飛んでしまう。強い光が周囲の色を飛ばしてしまうように、詩織は私から「感情の色」という認識を奪っていく。

 それが、私には心地よかった。

 詩織といるときだけは、灰色の仮面も、どす黒い感情も、忘れられる。

 私とは正反対のようで、誰よりも私に近しい。彼女はそういう存在だった。

 そんな存在だったからかもしれない。

「そーいえば、昨日学校の近所で殺人あったんだってね?」

 私の真っ黒な部分に触れられて、冷たいものが背中に走ったのは。

 覚悟はしていたはずなのに、私の意識はひどく混乱していた。それが表面に出ないよう、必死で平静を取り繕う。そうだね、と返した声は震えていなかっただろうか? なんて、今まで気にする必要性も感じていなかったのに、と自分自身でさらに戸惑う。

「ちょーっと怖いけど、まぁ私には遥香がいるしー」

 詩織が私の名を呼んで、心臓の辺りが痛んだのは初めてだった。

 早鐘を打ち始める鼓動を無視して、私は言葉を返す。

「どういう意味? それ」

「遥香なら私を守ってくれるでしょー?」

 詩織の返答は、私の意識を真っ白に飛ばしてしまった。

 呆気に取られている内に、普段から私へマシンガントークを繰り返している詩織は、わずかな沈黙を言葉で埋めていってしまう。

「無表情でクールな女子高生って、絶対強キャラじゃん? 主人公のピンチを救って悪と戦う力を与えたりー、異能力を隠して普通の生活をおくってたりするタイプじゃん?」

 辛うじて戻ってきた理性が、詩織への返答を導き出した。

「……それ、漫画? ドラマ?」

「やだなー。どっちでもー、だよ」

 対応は間違っていなかったようで、詩織は力の抜けた笑顔を私に向ける。

 思わず吐いた短いため息は、呆れたときの表情に見えただろうか。

「そういうのに影響受けるのも、ほどほどにね」

「えー、遥香、守ってくれないの?」

「詩織には必要ないでしょう」

「どういう意味、それー?」

 私の言葉を真似て、詩織は笑う。

 冗談だと思っているのかもしれないが、事実、詩織が誰かに守られる必要はどこにもない。

 私が詩織に殺意を抱いたことなど、ただの一度もないのだから。

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