副業解禁
すべての企業で副業が解禁された。
会社は、社員の副業を罰することができなくなったのだ。より多様的で、より自らを表現できる社会を実現するための施策である。
これも時代の流れだろう。
俺が勤めていたのは歴史ある製造系の大企業。
安定しているが、やりがいのない会社だ。言われたことを機械的にこなせば、そこそこの給料が入ってくる。
格段の不満もないのだが、例えば「今月自分は何をしたっけ?」と悩むような無味乾燥で味気ない生活だった。
そんな中、副業解禁をきっかけに、もともと趣味だった物作りを始めてみることにした。
お手製のアクセサリー。実を言えば、こういう日曜大工的なのが好きで今の会社を選んだのだが、想像以上に創造的でなかったというわけだ。
何度も言うが今の会社に不満があるわけではない。
すぐに辞めたいとも思っていない。
あくまでも趣味の延長として、俺は物作りを楽しんだ。すると徐々にファンが増えて、売上の目処が立ってくる。
自然にやりがいも増すものだ。俺は副業に夢中になっていた。
気づけば会社にいてもそのことばかり考えてしまう。元々流れ作業のようなもの。自分が何の仕事をしているかなど意識しなくても、指示されたことを漠然とこなせば良いのはありがたかった。
仕事中に考えたアイデアを家に帰って実行し、さらに改良していく。
幸せな時間だった。
だが、人間の欲というものは際限がない。俺はもっと売り上げを伸ばしたいと考えるようになってしまった。
そのためには、大量生産が必須だ。
個人では限界がある。どこかの企業と提携する必要性を感じてきた。一体どこが良いだろうか?
「あ、そうか。」
ある時、俺は自分の会社がその候補であることに気づいた。
しかしいくら副業が解禁されたと言っても、これは何とも具合が悪い話かもしれない。
会社からしたら、社員であり取引相手というのは扱いづらいことこの上ないからだ。
ということで、俺は今、身分を偽って自分の会社に電話をしている。
社員何千人の大企業だ。部署さえ違えば滅多に俺のことなど知る者はいない。
平日に有給を使い、自分の事業を電話口で説明すると、向こうは興味を持ってくれたようだった。
「とても素晴らしい!ぜひ弊社の担当者と話をさせてください。すぐに代わりますね。」
その言葉に俺の心も踊る。しばらく保留音がした後、先ほどと同じ声が聞こえた。
「すいません。担当者ですが、本日たまたま有給を消化しているようでして・・」