伴奏曲 11
なにも「驚くことではない」と、ターニャに安藤は言われた。が、相手を一発叩いただけで傷害になる法治国家で生まれ育った安藤は知識はあるがまさかの思いだ。
しかし、ここにたどり着くまでに内戦に逃げ惑う多くの難民達を安藤は数えきれないほど見てきた。
餓死を前にしても、なんとかして乳を飲ませようとする。痩せ細った身体で神に祈り続ける母親。野原に転がった野荒しの遺体も安藤は数え切れないほどに見てきた。
罪のない人々が一部の者達によって苦しめられている。
終わることのない戦いに多くの者がこころを荒ませきっている。
神など、この世に存在しない。
心荒みきったターニャを癒したのが草笛だったと安藤にターニャは話す。痩せた木立の葉っぱで笛を吹く。
立場的には上官であったがターニャを我が子のように可愛がってくれた。愛国心からの戦いではないが、争いを好む血であった。その上官は自らで傭兵を志願した。その上官が、皮肉にも、この島の出身であった。
ターニャは上官が話す「あずさ」の逸話を聞くのが大好きであった。その上官は「あと十年生き延びることができたら余生をあの島で過ごしたい」と口癖にしていた。
争いの日々が当たり前のターニャからしたら飛び交う砲弾に逃げ惑うことのない島に行きたい。
安藤は思わず上官の話しに身を乗り出した。その上官の幼き日に「あずさ」がいたことだ。安藤はあまりの驚きに声すらもだせない。
日本は終戦を終えて半世紀で今の日本となった。
そう考えればなにも不思議なことではない。
安藤は押し出せない声で、ただ慌てふためいた。もしかしたら、あずさはまだ生きているのではないか、安藤がそうくちにするとターニャは小首を傾げた。
陽光を見上げ微笑む神父の表情に懐かしさとは違うなにかを安藤は感じてしかたがない。根掘り葉掘りの安藤にターニャはさらに小首を傾げる。
*
「ねってば、ちょっと待ってよ」
足早に歩くジョンは、あずさを振り払い歩く日々が当たり前になりつつある。
ジョンは日本語がわかる。
そう、あずさは信じ、ジョンにどこか、懐かしさを感じとってしかたがない。