伴奏曲 12
あずさは勝手に牧場にやって来て辺りをうろうろするが、うろうろするだけでなにもしない。
勝手に家の中に押し入るわけでもない。少々馴れ馴れしいところがあるが、ジョンが抱いている海原の女独自の匂いがしない。あの顔を顰めたくなる香水臭さがあずさにはなかった。
パンツルックに日焼けを意識してか、いつもつばの広い麦わら帽子をあずさはかぶっていた。
いつしかあずさが帰ったあとジョンは寂しいと感じるようになっていた。
あずさは毎朝9時になると来て勝手に持参した弁当を食べて17時には帰る。
小走りで暮れていこうとする空の下、あずさは小高い丘を下りだす。
渋い顔をしていたジョンだが思い切って立ち上がった。乗馬すると駆け足のあずさに走りよった。
「乗れよ」
背後から声をかけられたあずさは驚きのあまり足を止めた。
「日本語わかってたんだ。嬉しい!」
笑うととてもあずさは可愛らしい。思わず息を止めたジョンだが、無造作にあずさに手を差し伸べるとあずさは迷わずジョンの手を握った。
「エスケープ!」
乗り慣れない馬に恐々としているあずさだが、好奇心は隠しきれない。ジョンにほどよく凭れたあずさはまたも「エスケープ!」と利き手をあげた。
馬を走らせようにもあずさは酔っぱらっているかのように賑やかだ。
「このまま、お屋敷に戻らないくてもいいから、私をどこかに捨ててって」
クスクスあずさは笑うと「嘘」と言った。
またジョンが馬を走らせようとすると、あずさがなにかを言う。からかわれているのだろうか。
ゆっくり、あずさが落馬しないようにジョンが馬を歩かせていると「この島に素敵なところはないの? あるのは貧困だけ?!」
とても憂いに満ちた悲しい瞳が話しかけてくる。
「嫌なら、早くこの島を出て行けよ」
言葉で突き放しながらもジョンはずっと、こころにひた隠しにしてきた思いがある。その願いは永遠に叶わないものだと思い込んでいた。
誰かと触れ合うことがこれほどに心地いいものだと知らなかった。
父親が幼いころに戦死したとジョンは母親から聞いていた。