6.世代交代
宝箱に仕掛けられた高圧の電流は、通常の人間であれば、即死……または、その身体すら失うほどの罠であった。
『グ……ゥゥ……』
「あれでまだ死なねェのか……不死ってのは厄介だな」
《デュラハン》と言うだけあって、虫の息ながらもまだしぶとく生きていた。
しかし、“断罪者”の一撃に加え、“電流”を喰らったその身体は、もはや字のままに
手を握りしめることすら叶わず、後生大事に抱きかかえていた“タブレット”を、ゴトリ――と音を立てて床に落とした。
『な……ぜ……なぜ、タブ……ットが……』
宝箱にもたれ掛ったまま、息も絶え絶えにそう呟いた。
咄嗟に“断罪”の力を出していれば、ここまでのダメージは負わなかったはずである。
だが、“タブレット”自体は何も問題ない――ならば、考えられる事は一つしかない。
『フ……フフッ……ハハハハッ……や、やはり……“器”ではなかった、か……』
「まぁ、少なくとも“資格”はないな。
最初に首をハネられた時、生や女に、道具に執着せねば良かったのだ」
ベルグは、フゥ……と、ため息を吐いた。
もしどれか一つでも諦め、新たな“道”を歩んでいれば、シェイラは“裁断者”にならずに済み、今頃は“役目”に縛られず、別の人並みの幸せを掴んでいたかもしれない。
今の結果が、決して悪い事とは思ってはいない。しかし、“役目”によって一生を縛られるそれを、ベルグは“道具の呪い”とすら考える時があった。
「呪われた身――シェイラの
「え、う、うん……」
「だが、“断罪”の力で……だ」
その言葉に、シェイラは驚いた顔をベルグに向けた。
一度裁かれ、生への執着によって呪いを受けた身であるため、“裁きの間”での裁きを受ける権利が与えられないのである。
「“裁き”を与えられぬ者に、罰を与えるのが“断罪者”の役目――なのだ」
「う、うん……」
シェイラは『もしかすると“裁きの間”も……』と、声の主も“断罪者”だったのではないか、との考えが頭をよぎった。
同時に、地上で裁くのは“断罪者”の役目なのか、との疑問も浮かぶ。
“裁きを下す者”は二人ないし三人、それらを取り巻く関係者を含めても、二桁いくのがやっと数である。
それらが全員罪を犯したとしても、“間”の広さと地下牢の数が全く合っていない。それでなくとも、何万といる人間に対しても数が合っていない。
命ある者はいつか死に、どこかで生前の裁きを受ける――“間”の声はそう告げた。
(その
その背に悪寒が走り、ブルりと身体を震わせた――。
“裁きを下す者”の最終地点は、“間”での裁判官であり、我々はそこで裁判を行うため、地上で日々“訓練”をしているのでは……と。斜陽を迎えつつある、この地で……。
そう考えれば、『時が来れば扉を開く』と言ったにも関わらず、放り出されたのにも納得がゆく。
「――シェイラ、大丈夫か?」
「え、あ、ああ、大丈夫っ……」
シェイラは『そんな事は無い』と、己の恐ろしい考えを振り払わんと、ブンブンと頭を振る。
もしそうであれば、“彼自身”が出張れば済む話なのだ。わざわざ長い時間を、どんな人に渡るかも分からないリスクとタイミングを考えれば、それはあまりに非効率だ、と。
彼女は気を取り直し、今一度 “天秤”を胸元で掲げ直すと――
「“裁断者”ランバー・コーヴァス――。
貴方は、“裁きを下す者”にあるまじき行いを続けて参りました」
『……』
「多くの者が……苦しめられ、涙し、命までも落としたそれは、決して許されるものではない、罪であります。
この“裁断者”……いえ、“断罪者”シェイラ・トラルの名において――改めて貴方に、死罪を言い渡します」
シェイラは、自分の身体に力が満ちてゆくのが感じられた。
初めて体感する“断罪”の力――身体中に満ち溢れるそれは、自分が“神様”になったかのような、錯覚すら起こかねない力である。
同時に、どこかざわざわと恐ろしい何かが身体中を駆け巡り、うぶ毛が逆立つような感覚を覚えていた。
(――スリーラインは、ずっとこんな力を扱って来たんだ……)
強大すぎるがゆえに、強い制約をかけられ、“不自由”を強いられる――。
誰しもが何らかの罪を犯している。そのため、“断罪者”が通れば誰もが目を伏せ、厄介者のように目を合わせようとしない。
シェイラは、改めて“弟”が歩んできた『“断罪者”の孤独』を理解した。
(辛い時は、お姉ちゃんが助けてあげるからね――)
根が甘えん坊の“弟”には、何と酷な“役目”だろう。
しかし、これからは自分が傍に立ち、支えてあげられる――。
彼女は、軽くなった槍をぐっと握りしめ、その穂先に力を込めた。
裁きを待つ“審理者”は、その懐かしい光景から、フッ……と笑みを浮かべている。
彼がまだ人間であった頃だ。コッパーの訓練場で出会った三人は、夏休みに入った頃、こっそりと怪しげな洞窟に足を踏み入れ、そこでお宝を得た。
お宝のそれを理解し、初めての“裁き”を行った、エルマ・フィール――その時の彼女は光り輝き、遠く手の届かない存在に感じた。
目の前にいるシェイラも今、かつての彼女のように光り輝いて見える。
エルマの魂を得たいがために、シェイラの魂を代役にと思い……長い歳月をかけ、“ソウルリンク”の呪法も会得した。
しかし、光は掴めないのと同様に、彼女もまたその手に掴めなかった。
『エルマ……ジャス……すまない……』
裁きの槍が胸を貫く瞬間――道を踏み外した“審理者”は、最期にかつての仲間を見た。
・
・
・
《デュラハン》の鎧の身体は、ガラッ……と音を立てながら砕け落ちた。
その破片も、粉状になりサラサラと迷宮の闇の中に溶けて消え、そこには宝箱と“タブレット”が転がっているだけである。
「これが、“タブレット”ってやつか――」
“審理者”の持ち物であった“タブレット”を、カートはひょいと拾い上げた。
誰の目にも、ただの、灰色の石の板にしか見えない。
「本当にこんなモンが神様の道具なのか?
ただの板切れじゃねェか……まな板にはなりそうだが。
犬っころやシェイラの金ぴかに比べりゃ、確かに羨むのも無理ねェな」
カートは唇を尖らせながらそう呟いた。
見た目に反して軽く、何も表示されないただの平らな石盤であった。
“審理者”が《デュラハン》になってでも執着したそれであるため、もっと凄いお宝を期待していた彼は、少しガッカリしたような表情を浮かべている。
「知りたい者の“道”を見る物であるようだが」
「“道”を見る、ねェ――」
カートは周囲をキョロキョロと見渡すと、ある者が目に留まった。
どこかいたずらな顔で、二マリと口角を上げている。
「ローズの“道”示せ――なんてな」
「ちょっと! 何でアタシなのよっ!」
“
それに対し、ローズは『“
「あれ? 何か文字浮かび上がって来てません?」
「ん? お、マジだ。なになに……母は、文官として屋敷に務めていた〔シャリン・ラプチャー〕――そうなのか?」
「――ちょ、ちょっと止めてよっ!?」
慌てふためくローズに対し、レオノーラは目を剥いていた。
「確かにローズの母の名は、シャリン様だ……。
しかも、そのファミリーネームを知るのは、我々家族ぐらいしかいない……」
「な、何だとっ!?」
ベルグも目を見開き、驚愕の声をあげた。
“道具”が使えるのは、“裁きを下す者”だけのはずである――。
(確かに“審理者”は……まてよ、あの時――怒ったシェイラが『認めない』と叫んだ時には、既に力が出ていなかった気がする。
もし、“タブレット”がその言葉に反応したのだとしたら……)
途中から、“タブレット”を使用していなかった事を思い出した。
あれは、“悪の道”を歩むカートに対して“断罪”の力が出せなかったからだ、と思っていたが――
「“タブレット”が鞍替えをした、のか……?」
「え……?」
皆が驚き、カートの方に目を向けた。
しかし、シェイラだけは別の意味で……思い当たる言葉に、驚きを隠せないでいる。
それにローズは、何か言おうとするも口が先に動き、パクパクとさせるだけで、言葉が上手く出ない様子であった。
「と、と言う事は、もしかしてカートは……」
三人目の“裁きを下す者”となった――と、全員がそう思った。
――が、当の本人はさほど驚いた様子もなく、平然と“タブレット”に浮かび上がった文面に目を落としている。
口元をムニムニと動かし、オモチャを得た子供のようにどこか楽しそうな様子だ。
「あ? 何だよ?」
「何だ、ではなく、もう少し事の大きさをだな――」
「コトの大小なんかねェよ。
神サマが俺にくれたんなら、ありがーく使わせてもらうってだけだ。
それにコレは、特別あっても無くても問題ねェんだろ?」
「ま、まぁシェイラの“メダル”も“独裁”もあるし、問題はないが……」
「なら大丈夫だろ。しかし、“審理者”か――犬っころやシェイラに比べりゃインパクトは弱いが、前任者が裏を牛耳っていたってのもあるし、名目だけなら問題ねェな」
「名目……? 一体、何を計画しているのだ?」
「んー……追々話すつもりだったが、この機会だし構わねェか。
実はよ――“スキナー一家”を出て、一旗揚げてやろうかと思ってんだよ」
「何だと――!?」
ぼんやりと考えていた事だが、ベルグ達と行動を共にするようになって、ハッキリとした“目的”に変わった……と、カートは言う。
独自の“悪の道”を持つカートにとって、“スキナー一家”も理に反する“組織”である。
ゆくゆくは自分の父親の首を取り、組織を再編つもりではあったが、どうせなら一から発足してやろうかと計画していたのだ。
そして、もちろんそれには――
「断る――」
「おいおい、これはお前らありきの計画なんだぜ?」
「
「お前らはセットなんだから当然だろ。互いの利害も一致してんだぜ?」
「む、うぅむ……これ以上、シェイラを巻き込む事は反対ではあるが……それを踏まえた上であれば、前向きに検討してみよう」
「す、スリーラインッ!?」
「ヘヘッ、断罪者サマは話が分かる」
まだ夢物語に過ぎないがな、とカートは笑っているが、その野心は本物であった。
シェイラやレオノーラは、ベルグに抗議の目を向けるが、カートの『利害の一致』の通り、利のある話でもある――。
悪人の殆どは“断罪”の力で裁けるものの、中にはカートのような者もいるだろう。それに、この世の悪人を一人ずつ罰してゆく事は、海辺の砂を一粒ずつ取り除くようなものだ。
悪党を裁くための“悪党”があってくれた方が、非常に都合がいい。
今回の“ワルツ”vs“スキナー一家”の件で、ベルグは改めてそれを実感していた。
「ま、まぁ……ベルグ殿。話はそこまでにして、早くここを去りましょう。
梯子も老朽化して脆くありましたし、帰りは倍の時間がかかる事を考慮しなければなりません」
「うむ、それもそうだ。タクシーでもあれば……ないか」
「またあんな《悪魔》とか来られちゃかなわねェし――おっと、あの宝箱の中身を頂いて行かねェと」
「あ、アタシも見たい見たい!」
“訓練生”の実地訓練が終わり、各々がようやく緊張を解き、思い思いの撤退準備を始めていた。
先代の“裁きを下す者”が消え、今ようやく全ての世代交代を終えた事になる。
シェイラは去り際、“審理者”が散った場所に振り返ると、
(必ず……私たちが“使命”を――)
最後の“役目”への決心を胸に、彼らの二の舞にならないとを心に固く誓っていた。