白き戦友達の失策
「ミカミ班長。彼らの後ろに続いてください。ただし、距離は50メートルを保つこと」
「50メートルジャストね。メジャーなら持っているわ」
「測らなくていいですから」
アンドウ隊長の指示で、俺達十人プラス運転手一人は拳銃を持ち、暗闇に飲まれていくアンドロイド達の後ろを追った。
本当にこんな装備で大丈夫なのか、全く自信がない。
アンドロイド達の陣形が崩されたら、それこそ一巻の終わりである。
「あ!」
ミカミがタブレットを見ながら小声で叫ぶ。俺は彼女の後ろからタブレット画面を
「どうしました?」
「アンドウさんちの皆さんが横に広がったの」
見ると■マークがおそらく30個あるはずだが、画面やや下で横へ横へと一列に展開していく。一番下にある●マーク11個は俺達のことらしい。
「画面がさっきと変わったけど、何かしました?」
「拡大したの」
「へー、出来たんだ」
「そうよん。ピンクアートで」
「ピンチアウト」
つまり、こちらに警戒しながら侵攻しているのである。
橋を奪取するつもりなのだろう。
とその時、前方でダダダダッと銃撃戦が始まった。
全員が思わず地面に伏せた。周りは背の低い草ばかりで、身を隠すところがないからだ。
さっきまで歩いていた状況から察するに、俺の前にミカミが、右横にミキが、左横にミイがいるはずで、ミルとルイとミカの三人は俺の後ろにいるはずだ。他の連中がどこにいるかは、暗くてよく分からない。
俺はミカミの所まで匍匐前進し、タブレットを
タブレットでリアルタイムに戦況が見えるから、どうしても気になるのだ。
凸マークが一つ一つ消えていく。敵が
すると、残りの凸マークが一斉に画面の上方向へ移動した。後退したのだ。
いや、一つだけ■マークの間をかいくぐり、こちらに近づいてくる。
「ヤバい! 敵一人、こちらに向かって来る!」
俺は周囲に向かって、そう小声で叫んだ。
ヤマヤが「よし! 任せろ!」と言って、中腰の姿勢で飛び出す。
画面では●マークが上に動きだした。これがヤマヤだ。
「副班長、2時の方向!」
「おうよ!」
「よく分かるわね~」
「班長、ここの凸マークと、ここの●マークの位置関係をよく見ててくださいね!」
「そうなんだぁ~」
「早く覚えてください」
「ねえ、なんで2時なの? 今3時過ぎじゃない」
「後で説明しますから、今は-」
とその時、暗闇でパーンパーンパーンと銃声がする。こちらに向かっていた凸マークが消えた。●マークが下に戻ってくる。
「イエィ、やったぜ!」
「ねえ、凸マークが画面から消えちゃったけど」
まだまだ兵士がいたはずで、一気に殲滅されるのはおかしい。
「後退したんですよ。さあ、行きましょう」
俺達は横一列の隊形を維持したまま前進するアンドロイド達を追った。
移動すると、画面の上方向にまた凸マークが現れたが、10個ぐらいに減っている。
ということは、辺りに死んだ敵が横たわっているのだろうが、確認するのは恐ろしいので、そのまま先を急いだ。途中、草むらに人の姿らしい影が見える度に恐怖を感じた。
アンドロイド達の銃撃はまだまだ続く。
移動していくうちに凸マークがドンドン減って、最後は全て消えてしまった。
すると、■マークが二列縦隊になって、一斉に画面の下方向へ移動してくる。
実際、こちらに向かってドスドスと音を立ててやって来る白い姿が見えている。
「終わったみたいですよ」
「そうなの? あっけないわね」
タブレットの画面下のバーに『作戦終了。帰還せよ』と表示されていた。
橋まで戻ると、アンドウ隊長が俺達の帰りを待っていた。
彼女はアンドロイド達の緒戦が成功したので安心した様子らしい。そして俺達にねぎらいの言葉をかける。
「援護、ご苦労様」
ヤマヤが得意そうに言う。
「あんたんちのひよっこが敵を一人取り逃がしたので、うちがズドンとやっつけたわよ」
「初めてだから、ミスもある」
「敵がフラフラこっちに来られたら、ミスなんて笑ってられないし」
「確かに。取り逃がすはずないのだが」
「ちゃんと調整した方がいいわよ」
「それは司令部が今考えているはず。このモニターは司令部もリアルタイムで見ているから」
◆◆
「アンドロイド部隊がちょっとしくじりましたね」
キリシマ少将の言葉に、リクは苦々しく答える。
「キリシマ少将。あれは偶然です。二体のちょうどド真ん中を通過されたので、二体のどちらが攻撃するかお見合いをしたのです」
「ほほう。ということは、弱点があるとおっしゃるわけですね。確か、連係プレイはソフト側でやっていましたよね? プログラムのバグですか?」
『バグ』
通常、プログラムにはバグが付きまとう。バグのないプログラムはない、とも言う。
しかし、リクにとってそれが最も嫌いな、プライドを傷つけられる言葉だった。
「その時は両方が攻撃すればいい!」
彼女は怒りに震え、キーボードを目にも止まらない早さで叩く。
最後にエンターキーをビシッと叩いて、その手を高く上げた。
「今、パッチを当てました。もう大丈夫です!」
彼女はそう言って、まだ興奮しながら右の椅子に置いてあったクマの人形を掴み、胸の前でギュッと抱きしめた。
キリシマ少将はフンと鼻で笑った。
「二体が間を抜かれる時に向かい合って攻撃したら、二体が同士討ちになりますよ」
「それも考慮に入れました!」
「じゃ、三体が正三角形に位置して、ど真ん中に人がいたら?」
「考慮に入れました! 正方形でも!」
「ほほう。正三角形や正方形の配置でもとおっしゃる……。実験の時からいつも横一列しか見たことがないから、馬鹿の一つ覚えかと。では、後でお手並み拝見といきましょう」
◆◆
「アンドウ隊長、聞いていいですか?」
「うん?」
「どうしてこういう風に、敵や味方の位置が一人ずつ分かるんですか?」
「ああ、原理は詳しく分からないが、このトラックとか、あっちの山の上とか、空の上とかに超高性能のレーダーがあって、周囲の生体反応や金属反応を調べてデータを司令部に集め、分析しているから分かるらしい」
「なるほど」
何となく原理っぽいのが分かったが、同時に弱点も見えた。
それらのレーダーを破壊すればいいのである。
リクは当然この弱点を理解しているだろうが。
しかし、弱点があっても、気づかれないうちに、または気づかれても全てを破壊されないうちに敵の戦力を弱体化させればよい。
最後は敵を降伏にまで追い詰めればよいのだ。
だから時間との勝負になる。
「わわわっ!」
突然、ミカミがタブレット画面を見て素っ頓狂な声を上げる。
「班長、どうしました?」
「あ、私も見た! これですね!?」
「アンドウ隊長、そちらもどうしました?」
俺はアンドウ隊長のタブレットを
見ると、■マークが画面の下へ移動しているのはアンドロイド達だが、その直ぐ後ろに1つの凸マークが同じく下へ移動しているのである。
それだけではなく、ポツッポツッと凸マークが画面の中央から現れ、合計3つになった。つまり、敵が三人湧いてきたのである。
「モグラかしら~?」
「ミカミ班長。モグラは映りませんよ」
「でも~」
「あ、ミカミ班長! 敵は死んでいなかったのかも! もしかしたら死んだふりとか!?」
その時、アンドウがタブレットの画面を連打しながら、慌てふためいて声を張り上げる。
「おいおい、ボタンを押しても反応しない! ボタンはグレイのままだ! アンドロイド達にどうやって攻撃の指示を出せるのか分からん!」
タブレットを見ると、■マークは凸マークの出現に無反応で、ゆっくり画面の下へ移動する。
つまり、こっちに引き返してくるのである。
彼らは後ろに全く気づいていない。帰還命令だけを実行しているのだ。
しかも、タブレットには再攻撃のボタンはない。攻撃開始のボタンはグレイのままだ。
◆◆
「フフフフッ、ハハハハッ、あいつら何やっているんですか!?」
キリシマ少将が、さもおかしくてたまらないと腹を抱えて笑う。
リクはムッとして彼女を睨むが、攻撃しないのは事実なので、言い返せない。
「敵は直ぐ後ろですよ。30台もあって、どいつも背中を向けて逃げる気ですか?」
リクは彼女の皮肉を無視して指先に力を込め、キーボードを叩きまくるようにコードを打ち込む。
『あれはカウント0で止めている……サーチを続けてマークを積算して……プラスになったら攻撃再開……』
そうブツブツ言いながら、エンターキーをビシッと叩く。
「これでどう!?」
キリシマ少将はニヤニヤする。
「どうって? 何も起こらないじゃないですか」
「今パッチを当てました。ダウンロード中です!」
「ハハハハッ!」
「何がおかしいのですか?」
「何がって、……戦争しながらデバッグしているじゃないですか」
「……」
「今まで起きていることは、私には、ひじょおおおおに初歩的なミスとしか思えませんが、いかがですか?」
リクは苦々しい顔をするが、痛いところを突かれたと思っていた。
そして、目はモニター画面のスペードのマークに釘付けになった。
彼女は、システムが勝手に最前線に送り込んだスペードのマークの人物を守ることに今躍起になっているのである。
◆◆
「おいこら、戻らんか!」
アンドウ隊長は駆け足で橋を渡り、戻ってきた先頭のアンドロイドの胸を押すが、彼らは前進を止めない。彼女は腰を低くして全身に力を入れて押し戻そうとするが、アンドロイド相手では相撲の力士に小学生が押されるようなものだ。
「ミカミ班長! アンドロイドが言うことを聞かない! 援護を頼みます!」
「皆さ~ん。よろ~」
ヤマヤが「出番だぜ!」と言って、チーターの如く、アンドロイド達の横を走り抜ける。
とその時、アンドロイド達が一斉に後ろを向き、横一列に展開する。
司令部が遅蒔きながら攻撃命令を送ったのだろうか。
後ろの物音に気づいて振り返った彼女は、彼らに向かって両手を振る。
「わわわわっ! 撃つな、撃つな、撃つな! 敵は私じゃない!」
俺は
「副班長! 伏せて!!」
彼女は、地面へ潜らんばかりにベタッと伏せた。
とその時、30台のアンドロイドが一斉射撃した。
アンドウ隊長のタブレットの画面に映っていた3つの凸マークが消えた。
終わったと認識したらしく、アンドロイド達は一斉にこちらを振り返り、二列縦隊になって橋を渡り始めた。
アンドウ隊長はタブレットの画面を叩く。
「今頃攻撃するとは。まったく、司令部は何をやっているんだ!」
ヤマヤは両腕をダラリと下げて、ヨロヨロしながら帰ってきた。
「縮んだ寿命を返せ、コラア!」
タブレットから待機命令が出たので、橋のそばの草むらに腰掛けた。
ルイがこちらにやって来た。
また月が薄雲に隠れ、僅かな月明かりしかなく暗いため、判別には縦ロールの髪型が頼りだ。
彼女は俺の左横に座って溜息をつく。
「戦いは、いつもこうですの?」
「いや、こんな最前線に来たのは初めてだから、いつもこうなのかまでは知らない」
「正直、何もしなくて嬉しいのですが、いざという時に心配です」
「心配なのは皆同じ」
「タブレットを全面的に信用してよろしいのかしら? 先ほどのこともありますし」
「ああ、レーダーなんて天候で狂うし、所詮最後は人の戦いになる」
「おお、恐ろしい。わたくし、拳銃の訓練の時に一度も的に当たりませんでしたわ」
「俺も同じ」
「まあ」
彼女は笑う。
「前に、拳法使いの敵兵と拳でタイマン勝負して勝ったことがあるけど、拳銃はからきし駄目なので、ズドンとやられたら終わりだな」
急に右腕に誰かが抱きついてきた。
「そんなこと言わないで!」
ミキだった。
「冗談さ」
「冗談でも言わないで!」
「……ああ、わかった」