9.愛憎の遺跡(5)
愛憎の元凶であった、
首がハネ落ちた身体は石灰化し、他の像と同じくガラガラと音を立てて崩れ落ちてゆく。
それを見届けた二人は、すぐにシェイラの下に駆け寄って彼女を起こしていた。
「う、うぅ……頭くらくらする……」
「《バンシー》――っても、紛いモンだが、奴と対峙する時は本気で耳抑えろよ。ザクロみたいに、頭はじけ飛ぶ奴もいんだからよ」
「えぇぇぇっ!?」
ベルグの腕に身を預けていたシェイラは飛び起き、思わず頭を抑えてしまった。
頭にはルクリークで手に入れたサークレットを巻いているが、これが
これと言ったダメージを負った様子もなく、ベルグは安堵の息を吐いた。
「いつぞやの人造人間とは違うが、これはエルフ用の訓練人形の類かもしれんな」
「じゃ、じゃあもしかして……ここって、エルフの訓練場だったとか?」
「誰かが手加えたんなら別だが、あれは殺しに来てたろ……。
しかも、“処刑”まで要求してっしよ。エルフの訓練場であっても、絶対に詰むぞありゃ」
カートの言葉の通り、最後の“謎解き”だけは、絶対に解かせる気のない問題なのだ。
シェイラには何のことか分からない様子であるが、ベルグはそれが引っかかってならない。
犬も食わぬような“痴情の
「そこまでして、隠したい何か……か」
ベルグの言葉に、カートもシェイラも期待を膨らませた。
最後はインチキに近いそれ要求したとなれば、当然クリアできるのはごく一部の者だけだ。
そのごく一部の者は、誰もが裁けぬような悪人を裁いて来た存在――。
「良い事してるから、良い物貰って当然って考えはダメだけど……しちゃうね……」
「真面目な奴ほど損をする世の中なんだぜ?
こんな時ぐらい、デカい恩恵を受ける権利はあってもいいだろうよ」
「だが、
「ま、互いに殺し合いになるブツでない事を祈るしかないな」
「……え?」
シェイラは思わず固まってしまった。
迷宮探索においても、貴重な宝であればあるほど、人間の闇をえぐり出してくるのだ。
人間ほど恐ろしいモンスターはいない、誰もがそう言うほどの闇を――。
固まったままのシェイラの眼は、不安げにベルグとカートを交互に見ている。
「だ、大丈夫……だよね?」
「男のソレがおっ立つぐらいのブツなら、分かんねェがな、へへッ!
だけどよ、ここからどうすんだ? アレぶっ倒してから何のアクションも起ってねェぞ」
「うむ……。他の像も《バンシー》
「結局、無事だったのは指輪だけかあ……」
シェイラは瓦礫の中で指輪を見つけ、ホゥっと安堵の息を吐いた。
最初はおっかない指輪であったが、今の彼女には少しだけ愛着が湧いている。
“弟”がくれた物であり、せめて思い出だけでも形として残しておきたかったのである。
それに、他人の“秘密”を知ろうとしたり、
(秘密をあばく、か……ここも、私が秘密をあばいちゃったって言えるのかな。
ん? そう言えば、ここを“秘密”にしたのは、一体誰なんだろ……?)
シェイラは首を傾げた。
もちろん浮気した魔導師だろうが、それは《サキュバス》の手によって殺された。
それは“物語”だったとしても、『何かおかしい』と引っかかる何かを感じている。
仮に実話であったとしても、それを語る者、この“物語”を語る彫像を用意し、わざわざこんな大がかりな“なぞなぞ”を用意した者がいるはずなのだ。
(ここに来られないように、指輪を隠した人……が、始まりなんだよね?)
シェイラは、ここに入るのに“SECRET”と入力して遺跡に入った事を思い出した。
物語を“逆に追っている”と考えれば、“最終目的”が始まりとなるのである。
(私たちの目的は、ここにある“宝”を探すこと。
逆に追っていけば、ここにその“宝”を隠した人がいる。
誰にも言えぬ秘密は、墓場まで持って行く、って言う人が多いけど――)
ハッと何かに気づいたように頭を上げ、宙を見つめた。
ここにやって来たのは、この遺跡に“宝”と言う“秘密”を隠した“記録”を見たからだ。
墓場……“死者が集まる墓地”の中に、“秘密”を埋めたのだとしたら――。
「そうよっ、日記よ!」
「ん?」
「“死者の日記”っ! その日記を書いた人が、“墓場”に持って行ったんだよ!
この指輪で、“秘密”のメッセージが出るかもしれないっ!」
「けど、それは
「いや……編纂した者が中に紛れ込ませた、との可能性もある」
ベルグはとりあえずやってみよう、とその項目を開いた。
シェイラは指輪を指にはめ、そのページを見ると、彼女の予想が的中する。
「やっぱり――出たっ! 出たよっ!
えっとなになに……『“秘密”は、要求すれば暴かれる』?」
「『開けゴマ』とでも言えば、財宝の扉が開くのか? それなら夢のある話だぜ」
「ポストでもあれば、その装置で申請書が打てると思うが……」
「申請……? そう、それよっ!」
シェイラに思い当たる物が一つあった。
カトリーナの所にあった、その装置で文字を打つことが“要求”である、と。
ならばシェイラには、入力する文字はもう決まっている――
【 S E C R E T 】
背後の壁から “秘密”が、ガコンと音を立てて開いた。
音の方に向くと、少し小さ目の金庫室がギィ……と音を鳴らしている。
・
・
・
「こ、これはっ……」
「……夢じゃねェよな?」
「ぴ、ぴかぴかして綺麗……」
金庫室の中には、
たったそれだけであるのに、その輝きに目を奪われたほどの彫像――。
三人の姿をぼんやりと映す金の鏡面に、カートは言葉を失い、身体を震わせた。
「き、“金獅子”かよ、これ……」
その獅子の彫像は、『もうこの世には存在しない』と言われていた至宝であり、エルフとドワーフの、最初で最後の合作――とも言われている。
両種族の友好の証として、オスとメスの
血みどろの争いにまで発展しかかったため、全く関係のなかった人間に預かってもらう事にしたのだが、
「呪われた金が混じっていたため、“
「……のはずだよな? 確かエルフの方で処分されたと聞いたが……まさか、あいつら処分してなかったってのか!?」
“金獅子”が人間に渡ってからと言うもの、その周囲で争いと災いが度重なった――。
調査を行って初めて、“雌獅子”に使用された“金”に問題があると分かったのである。
“
「しぇ、シェイラッ、お前の借金はウチが肩代わりしてやっから、これをウチによこせっ!」
「え、えぇぇっ!?」
「お前、スポイラーから言われてる借金は七本……金貨七百枚ぐらいだろ!
こんなもん、その数百倍の価値ある……。あぁ……すげェぞ、こいつぁ……」
「いや、渡すならこれを渡すべきだ。そうでなければ、これはここで処分せねばならん」
ベルグの言葉に、カートは顔をしかめ抗議の目を向けた。
金の魔力に憑りつかれたわけではないが、価値も知らないで簡単に言うそれにイラだったのである。
その対となる存在が、今も存在している……と分かれば、とんでもない大発見なのだ。
「“死者の日記”に妙な記述があったのだ。
『憎しみは未だ満たされぬ。女は更に命を喰らうであろう』、と……。
もしこれが、目の前の“雌の獅子”を指しているのならば、長く手元に置いておくのは危険だ」
ベルグは、この施設は“呪い”から隔離するためのシェルター、とも疑っている。
限られた者にしか開けられぬ、“神の遣い”と呼ばれる存在に全てを委ねたのではないか、と。
(しかし、責任と面倒事を丸投げしただけではないか。
アイツらは我々“裁きを下す者”を、一体何だと思っているのだ)
地下水路の人造人間の一件と言い、エルフは臭い物に蓋をする性質のようだ。
本当にとんでもない代物を掘り起こしてしまった。狼は、金色に輝く獅子に顔をしかめ続けていた。