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5.愛憎の遺跡(1)

 翌朝、三人はコッパーの町から南南西にある、【ラッシー山】へと足を向けた。
 歩いても数時間で辿りつくそこは、コッパーの町人であれば一度は行った事のある山。週末、家族でハイキングに行こう――と言えるほど、のどかで気持ちの良い山だった。
 相変わらず日差しはキツいものの、日蔭と木漏れ日のコントラストは美しく、青々とした葉を揺らす風は柔らかく気持ちが良い。しかし、それは誰もが通る山道に限った話でもある。

「ホントに、こんな所に遺跡なんてあるのか……?」
「テアが言うには、中腹の巨石の脇にある獣道を通る――らしいのだが」
「さ、さっきと違って何か不気味……」

 どこか懐かしい雰囲気の山は、薄暗く鬱蒼とした森へと姿を変えた――。
 腹が減ってくる時間まで歩いたが、遺跡どころか山の終わりすら見えず、同じ場所を何度も通っている気さえしている。

(やっぱり、お宝なんて夢のまた夢なのかな……)

 少し休憩しようと、シェイラは重い気持ちのまま腰を下ろした。
 木の幹に身体を預けながら、幼き頃より変わっていない空を見上げ、小さなため息を吐く。
 一人になると不安に苛まれる事が多くなった。冒険者として地道に借金を返してゆく……と、思ってもローズたちから聞かされた、()()()を考えると、それも夢で終わりそうだ。
 この訓練場生活が最後の思い出になるのかも……と、より鬱々とした気持ちに苛まれ、重い息を吐きながら(こうべ)を垂れた。

(あ、指輪……)

 服に出来た胸元の隙間で、それが揺れているのに気づいた。
 物騒なモノだけど、“弟”がくれた大事な物――それもいつか、婚約者(レオノーラ)に銀色に光るそれを渡すのか、と思うと、“姉”はより複雑な気持ちになってしまう。

(私もいつかこうして、指にはめてもらう時がくるのかな……)

 と、それを軽く指に通した時だった。

「――な、なにこれッ!?」
「どうしたのだッ!」
「きゅ、急に文字盤が浮かんで――」
「……文字盤?」

 シェイラの目に、不規則に並んだ文字盤が浮かびあがっている。
 彼女は『ここだ』と宙を指差すが、ベルグやカートの目には……青空と木だけが見えている。

「ほらっ、ここにあるじゃない――!!」

 シェイラは、どうしてベルグ達が怪訝な表情で自分を見ているのか、と疑問に思った。
 今の彼女の目には、確かにアルファベット二十六文字の文字盤が浮かんでいるのである。

「上に何か書いて……えっと、キーワード?」

 キーワードと言われても、彼女には皆目見当もつかない。
 ふと頭に浮かんだ言葉を、指輪に刻まれた文字を試しに入力してみる。

 【 S * E * C * R * E * T 】

 ――と。
 文字を入力をし終えると同時に、突然辺りの空間がぐにゃりと歪み始めた。

 ・
 ・
 ・

 周囲の景色を変えたそこは、まさに“秘密”の場所――朽ち果て、ツタや苔むす寂れた遺跡のようであった。

「て、テアさんが使った魔法みたいな……うぅ、気持ち悪い……」
「ここは……遺跡か!?」
「な、なんだと……」

 空を見上げれば、先ほどと同じ空……ではあるが、どこか作り物にも感じられるような青空が広がっている。
 あちこちに設けられた水路には水がさらさらと流れているが、いつぞやのように死体が沈んでいる事は無い、神秘的なほど美しく透明な水であった。
 先には誰が建てたのかと思えるほど、高い塔まで見えている。

「す、すげェなこれ……」
「これは誰も見つけられんはずだ」

 始めは山の雰囲気も相まって、誰もが心のどこかに『どうせ大した物じゃない』と思っていたのだが、このような仕掛けを通じなければならぬ場所であれば、必然的に期待が高まって来る。
 ゆっくりと観察しながら歩けば、“多少期待できる”から、“大いに期待できる”に変わろうとしていた。

「誰も通った気配がねェ――罠が仕掛けられてるが、経年劣化のせいか壊れちまってるし」

 壁などには矢が突き刺さっているが、死体はない。
 まだ残されているかもしれないと、カートは警戒を促し、先頭を歩いている。
 そのお蔭で、未発動の罠も発動させる事なく進めたのだが――。

「ここで足止めか?」

 ベルグが呟いた目の前で、幅が広い川のようなそれがごうごうと音を立てて流れていた。
 周囲を見渡すが、橋になりそうな物もない。泳いで渡るなどもっての外だろう。

「しかも、この水……普通のじゃねェぞ」
「呪われている、か……」
「そ、そんな物もあるの!?」

 流れるその綺麗な水に、カートは投げナイフの先端を付けると、銀色の刃部分が真っ黒に変色していた。

(後で飲んでみようって思ってたけど……)

 もし……と思うと、シェイラは肝を冷やしてしまった。
 迷宮にも泉があると言う。それを飲めば傷が癒えたり、若返ったりすると聞いていた彼女は、それを非常に楽しみにもしていたのだが……逆の場合もあると今気づいたようだ。

「うーむ……あそこにある、物見やぐらのようなそれに何かないだろうか?」
「ちょっと見て来るか――おい、シェイラお前、反対側の見てこい」
「え、えぇぇっ!? なんで私っ!?」
「この犬っころが乗ったら、足場折れかねないんだよ」

 軽いお前なら大丈夫だ、と今この場所では嬉しくない言葉に押され、シェイラは渋々指示された梯子の前に向かった。
 建物の三階部分ぐらいまでの高さがあるそれに、いつの時代のか分からない細い鉄梯子がかかっているだけ。シェイラは本当に登らなきゃならないのか、との目をベルグに送った。

(な、何であんなに無責任な目してるのよっ!)

 “弟”は、何か別の事に期待している目をしている。
 恨めしい目でベルグを見るが、それをしたところで結果は何も変わらない。
 確かに、ベルグが乗ったら折れるかもしれないぐらい細く、真ん中を踏めばヘシ曲りそうな貧弱な鉄の棒だ。

「これを越えたら借金が返せる……これを越えたら借金が返せる……だから頑張れ、頑張れ私……」

 自分に暗示をかけるように何度もそれを呟き、『よしっ!』と覚悟を決めて、梯子に足をかけた。

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