彼女とカノジョで修羅場になる
ミキはもうこの屋敷の中を把握しているのか、たくさんの部屋の前を迷わず通り過ぎ、曲がりくねっている廊下も速力を緩めない。前にも来たことがあるかのようだ。
彼女は、廊下の行き止まりの位置にあるドアを開けた。
一緒に中に入ると、少し湯気というか湿気がこもった部屋だった。
棚や籐の籠があるので、脱衣所らしい。
「髪乾かして」
彼女は、おねだりするような声を出してドライヤーを渡す。
鏡のそばにコンセントがあるので、そこにドライヤーのコンセントを差し込んだ。
それは良いのだが、女性の髪を乾かすにはどうやっていいのか分からなかった。
温風の出るドライヤーを左手に持って彼女の頭に
(たぶん、これでいいんだよな?)
こんなに彼女に近づいたことがないし、長く触ったこともないので、長時間ドライヤーの熱に当たったかのように顔が
彼女は温風で目が乾かないように目を閉じていた。
ある程度乾いたところでドライヤーのスイッチを切った。
「これでいいか?」
彼女は目を開けた。
「ありがとう」
そう言うと、彼女はいきなり俺に飛びかかった。いや、急に抱きついてきたのがそう見えたのだ。
これにはすっかり気が動転し、手がドライヤーを離してしまった。
体当たりになる勢いだったので少し後ろに下がったが、彼女にあっけなく捕まると、目を閉じた彼女が背伸びをして唇を重ねて来た。
恐る恐るではなく、ストレートに。
初めてだった。
とても温かく、
柔らかかった。
石鹸の良いにおいがした。
この
倉庫でサイトウ軍曹に邪魔された時以来である。
あれから人目が怖くて、お互いが手を触れることですら偶然を装うしかなかったのだ。
生と死が背中合わせの場所で、長いこと待たされた。
少し大げさかも知れないが、お互いが新しい人生に向かって踏み出したような気がする。
彼女は俺を強く抱きしめる。俺も応えた。
(そう……俺は彼女を守ってきたのだ……彼女は『好きだ』と言った……俺も-)
とその時、ドアがギーッと不吉な音を立てて開いた。
ギョッとして音の方を振り向くと、目を見開いたイヨがタオルを持って立っている。
風呂に入りに来たのだろう。
彼女は相当驚いたようで、震える声で言う。
「ま、マモルさん! これは一体……」
ミキは俺に密着するほど抱きついたままイヨを睨み付ける。
「あなたは?」
イヨもミキを睨み付ける。
「名前を聞くなら、そちらから名乗るのが礼儀じゃない?」
「私は
「
「で、マモルさんに何か用?」
「逆にこちらが聞きたいくらい。マモルさんに何抱きついているの?」
「私たち、付き合っているの」
「私、マモルさんのカノジョなんだけど」
「何それ? 聞いたことない」
「あなたこそ何? マモルさんから、他に付き合っている人がいるなんて聞いたことないけど」
「私だって聞いていないわ」
「マモルさんは、私のことをカノジョって言ってくれたのよ」
「何よ、あなた。口から出任せみたいなことを言って。泥棒猫の因縁?」
「失礼ね。あなたこそ泥棒猫じゃない」
イヨは脱衣所の中に入ってきて、バタンとドアを閉めた。
その大きな音には、彼女の怒りの感情が籠もっていたようだ。
ミキは鼻でフンと笑った。
「私はもうキスまで行っているわ。あなたは?」
「……まだ」
「じゃ、あなたの負けね」
(さっきが初めてじゃないか……)
これを聞いたイヨが俺に突進してきて、ミキを払いのける。
それに成功すると、アッという間にギューッと抱きついて唇を重ねてきた。
「なっ! 私のマモルさんに何するのよ!」
イヨは俺に抱きついたまま、ミキに向かって誇らしげに言う。
「これで一緒よ。同じスタートラインに立ったわ」
ミキはイヨを払いのけて俺に抱きつく。
「マモルさん。これから風呂に入る汗臭い女なんか放っておいて、あっちの部屋に行きましょう」
彼女は一端離れて、俺の左腕を掴む。
イヨはそれに対抗して俺の右腕を掴む。
両方からグイグイ引っ張られた。
「まあ、待ってくれ!」
俺の言葉に耳を貸さず二人が力一杯引っ張るので、両方の腕に力を入れ、二人を引き寄せた。
「待ってくれと言っている!」
二人が興奮して息が荒いようなので、少し収まるまで待ってやった。
「ちょっと一人ずつ話をさせてくれ。まずはイヨから」
イヨは自分が寝泊まりしていたという部屋へ案内してくれた。