戦う人工知能
彼女は机に向かって椅子に腰掛けた。
そして、右手を机の上に
初め魔法かと思ったが、目の前は現実である。近未来が目の前にあるのかも知れない。
「研究は、AIを使った兵器の研究よ」
聞き慣れない言葉に戸惑った。
「えーあい?」
彼女はこちらに向き直る。
「人工知能のこと。人工知能を使って、兵器が自分で状況を把握したり先読みしたりして、最適な方法を判断してから敵を攻撃するの」
何のことかサッパリ分からなかったので頭を
未来人と話をするくらいだから、言っていることが分からなくて当然かも知れない。
「難しくてよく分からないけど」
「人工知能が戦争するの」
「知能が? 戦争?」
「そうね。ゴメンなさい。マモルさん、理数系?」
「いや、ゲーム系」
彼女は笑う。
「ゲームは授業にないわよ」
「いや、コンピュータの学科はあった」
「それでも、授業ではやらないわ」
俺も笑った。
「放課後の課外授業だけど」
「やっぱり」
「で、その机の上でどういう研究をするの? 実験道具もないみたいだけれど」
「私、AIのプログラムを作っているの。兵器の頭脳みたいな部分」
「プログラムを作っている? ああ、ハッカーみたいな?」
「違う。軍の関係者も敬意を込めて私のことハッカーって呼ぶけど、そんなんじゃない。あの人達は意味も分からずそう言っているだけ」
「違いが分からないけど。同じじゃないの?」
「プログラマとハッカーはイコールじゃないわ」
説明されても分からないので、話題を変えることにした。
「えーあいがあると何かいいことがあるの?」
「人間が兵器を操作すると、戦闘中は冷静じゃないから当てずっぽうになり、攻撃が当たらないことが多いの。当たったとしても、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる状態ね。AIを使うことで兵器自身が状況を判断したり予測したりして、的確に相手を攻撃できるのよ」
「夢みたいな話だ」
「それよりもっと凄いのは、AIが作戦まで立案してくれるの。人間の作戦って、結構感情やらメンツやらが入るから間違いが入り込むけど、AIなら冷静な人間と同じく判断できるわ」
「作戦を立てて、実行するまで全部自分でやるの?」
「そう。今の軍部は、派閥の
「いつ出来るの?」
「もうすぐ。リゼが原理を教えてくれたおかげで、プログラムは早く完成することが出来たわ」
彼女は机に向き直り、両手の指を目にも止まらぬ早さで動かして机を叩く。
キーボードがないのに、まるでそこにキーボードがあるかのようだ。
すると、真っ黒なモニター画面に何やら白い文字が一杯出てきて、下から上に動いて消えていく。
しばらくすると、中央にミサイルの画像が出てきた。
「たとえば、このミサイルが敵の陣地に飛んでいく時、事前に相手の攻撃を予測して、その裏を
解説が終わるとミサイルの画像が動画のように動き出し、周りから近づいてくる敵のミサイルのような物を避けて相手の陣地に落ちて爆発した。
「たとえば、この魚雷は、敵の船のどの部分を攻撃すると一番沈みやすいかを判断して、船が逃げても目標の場所にぶつかるの。万一、進行方向の近くに味方の船があると、それを避けるのよ」
今度は魚雷の画像が出てきて、動画のように動き出し、味方と思われる船を迂回して逃げる船を追いかけ衝突。爆発により船は沈んでいった。
「これは、ロボットの小隊。お互いが連携し合って、敵の位置から自分たちの配置を決めて攻撃するの。もし敵が物陰から銃を撃っているとすると、敵がどういうタイミングで撃ったり隠れたりするかを判断し、頭を出した瞬間に無駄なく攻撃する」
「そのロボットが捕まったら利用されるんじゃない?」
「捕まったら自爆するわ。ただし、すぐに自爆しないで、敵陣の中に連れて行かれたと自分で周囲を判断してからね。半径20メートル以内は粉々になるはず。人が多ければ多いほど戦果は挙がるわ」
「恐ろしい。……これが新時代の戦争なのか」
「この国の軍部が旧式の考えにとらわれていて、未だに肉弾戦を、前時代的な突撃を続けているの。それで人がドンドン死んでいく。男性が減って今は女性ばかり戦争に行っている状態。それは何としてでも止めないと。お互いの軍部が戦争を止めないし、兵士も感情がコントロールされているから、憎悪が広がって、いつまでも消耗戦を続ける。こんな馬鹿なことはないわ」
「感情がコントロールされているだって?」
「前線の兵士は特にね」
イヨの家族は全員戦死している。そういうことだったのかも知れない。
それから、彼女はいろいろと軍事関連の話を続けたが、俺には難しくてサッパリ分からなかった。
しかし、結局のところ、えーあいを使っても人殺しには変わらない。
俺は結論づけた。
「思うんだけど、最初は人を救う話にも聞こえたけど、結局は効率よく人を殺す研究なんだね」
彼女の顔は一瞬曇った。しかし、すぐに苦笑する。
「う~ん、そうズバリ言われると返す言葉がないけど。敵が降参してくれないと戦争が終わらないから」
「人間の数を効率よく減らすことで戦争が終わるみたいな言い方だね」
彼女は黙った。
「素人の考えでゴメン。結局のところ、大量破壊兵器と何も変わらない気がする。話し合いで解決しろとは言わないけど、もっと他の方法がないのだろうか?」
まだ黙っている。
「敵が降参してくれないと戦争が終わらない、イコール、敵が降参するまで戦争をするんだよね? だったら消耗戦に変わりないな」
彼女は少し泣きそうになった。
「私もそう思ってリゼに聞いたけど、リゼはこれが一番いいって薦めたの」
「薦めた? 際限ない人殺しを?」
「後1ヶ月したら、プログラムは完成するわ。きっと、これで形勢が逆転する。これで軍事バランスが変わる。これで戦争が終わる」
彼女は自分に言い聞かせるように言う。
「それまでの犠牲は必ず未来の平和に必要……それまでの悲しみは未来の喜びで打ち消される……それまでの辛抱……それまでの辛抱」
自分のやっていることに気づかない彼女がだんだん可愛そうに思えてきた。
同時に未来人が胡散臭く思えてきた。
「そのリゼって、リクさんを使ってこの世界で実験しているんじゃないかな?」
「何を?」
「えーあい使った兵器を作ると、この世界に何が起こるのだろう、と。どういう結末を迎えるのだろう、と」
「え?」
「リゼはこことは違う世界、自分の世界に生きているよね? それなら、違う世界で何が起こってどうなろうと関係ないじゃない?」
彼女は黙って俯いた。考え込んでしまったようだ。
すると、俺の後ろで何かが動いているような気配がする。
この部屋には二人しかいないはずだ。
ギョッとして振り返ると、同じ背丈の全身黒タイツの女が目の前に立っている。
「うわぁ!」
思わず仰け反ってしまったが、その体制で体が動かなくなった。
女は丸顔で肌が白っぽく、目は灰色、唇はピンク、髪の毛はいろいろな色で塗られていて虹のように見えた。本当に七色あるのかも知れない。
「リゼ! どうしてここへ!?」
リクも驚いたようだが、逃げだそうとしない。
同じく体が固まったのだろう。
リゼと呼ばれた女が機械人形のような言葉を発する。
「お前達はこれ以上の議論をしてはいけない。直ちに記憶を消去する」
急に目の前が暗くなり、そのまま気を失った。