リクの秘密の部屋と未来人
次の日の朝、いつものように学校に登校してダラダラと教室へ向って歩いていると、廊下でリクに会った。今日は大きなサメの人形を持っている。
「やあ」
「あ、お早う、マモルさん」
「今日はサメなんだ」
「うん。人形好き?」
「自分では買わないけど、見るのは嫌いじゃない」
「じゃ、好きなんだ。放課後、来る?」
「どこへ?」
「私の部屋」
いきなりの誘いに面食らった。
「部屋? まさか、家に?」
「いや、学校の中」
(人形のコレクションが学校にあるのだろうか?)
不思議な女の子だなと思ったので、少し興味が湧いた。
「いいの?」
「うん、いいよ。17時に屋上に来て」
「わかった」
なぜ屋上に部屋があるのか理解できなかったが、一応返事をした。
リクと別れて教室へ行くと、同級生達がジロジロとこちらを見ている。
席につくと、彼女らが周りに集まりだした。
そして、席の後ろの女生徒が俺の背中を鉛筆で突くので振り返った。
彼女はニヤニヤして言う。
「ヒューヒュー」
「俺の顔に何か付いているか?」
「
それから俺はしばらく、みんなにサカナにされた。
昼はイヨがお礼にと手渡してくれたサンドイッチを食べた。
17時に屋上へ行った。
陽は落ちかけていた。
屋上から見る夕暮れは、どこか感傷的であり心が揺さぶられる。
その光景に見とれていると、「私はこっちよ」と声がする。
すでにリクが待っていた。
朝持っていたサメの人形を今も抱えていて、「こっちこっち」と言いながらスタスタと歩き出した。
言われるままについて行った。
案内されたのは、屋上の隅だった。
(どこに部屋が?)
そこはコンクリートの屋根の一部だ。部屋の扉などない。
(アニメで見た<何とかドア>の類いか?)
本当に目の前の空間に扉でも現れるとしたら空想の世界だ。
彼女はそれを指でカチャカチャさせると、コンクリートの屋根の一部がゴゴゴと音を立てて自動ドアのように開き、下に降りる階段が見えてきた。
<何とかドア>に匹敵するほど衝撃的だった。
固まっている俺を置いてきぼりにして、彼女はスタスタと降りていく。
「早く早く」
彼女の手招きに誘われてようやく体の呪縛が解けた。
薄暗い空間に飲み込まれる階段を、両側の壁に交互に手をつきながら用心深く降りる。
結構長い階段らしい。
(学校にこんな階段があるなんて……七不思議だな)
20段ほど降りた時、頭の上でゴゴゴと音がした。
見上げると、コンクリートの自動ドアが閉まって行く。
その不思議な光景に見とれていると、やがて一筋の光も見えずにピシャリと閉まった。
すると、階段の足下辺りにうっすらと電球が
「あれが秘密の部屋?」
「そう」
階段を降りきる位置に、人一人が立てるような狭い踊り場と細長いドアが見える。
彼女はドアの前に立つとポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴らしいところに差し込んでカチャカチャさせてからグッと押した。
ギィーと重い音を立ててドアが開いた。何年も油を差していないのだろうか。
中に入ると、学校の教室の4分の1くらいの広さだ。
人形のコレクションで
クマ、ウサギ、馬、イルカ、鯨、よく分からない人物のキャラクター。
どの人形も彼女の背丈の半分くらいある。
「ここがリクさんの部屋?」
「そう。研究室よ」
「研究室? 何の研究?」
彼女はサメの人形を床に置いて、少し考えてからこちらを向いて
「その前に、……マモルさんの秘密、暴いていい?」
突然の暴露宣言にギョッとした。
他人から自分の秘密を暴露されるとは、名探偵の前で化けの皮が剥がされる怪人の気分だ。
「ひ、秘密って?」
「私、リゼから聞いているの。マモルさんの秘密」
「リゼって誰?」
彼女は一呼吸置いて
「200年後から来た未来人」
彼女の言葉に心臓が飛び出るほど驚いた。
(この並行世界に未来人を知っている人物がもう一人いた!)
そう思うと悪寒まで走った。
彼女は畳みかける。
「マモルさん、
刑事に目にライトを当てられて尋問されているかのようだ。喉まで渇いてきた。
「じゃないでしょう?」
震えが止まらなくなり、声が出なくなった。
彼女はニヤッと笑う。
「確か-」
(これはもう、白状するしかない)「き、
やっとの思いで声が出た。
「そうそう、キミノモさん」
「……そうか。知ってたのか。俺のこと。……でも、なぜここに案内してくれたんだ? 初対面なのに秘密の部屋に案内してくれるって、何かおかしい」
「廊下でこんなこと話せないでしょう?」
「そりゃまあ-」
彼女は両手を後ろに組んで、腰を左右に揺らす。
「私、マモルさんに興味があるの」
「興味?」
「リゼが言うには、同じ研究室の仲間が、並行世界の人物を交換する装置を作って、過去でも使えるか実験したとか」
彼女は左手を肩の高さまで上げて、人差し指を立てる。
「それをマモルさんに使った。それでこちらの人物、つまり
ここまでバレているなら、開き直るしかない。
「そう。俺から頼んだんじゃないけど、勝手にこっちの並行世界に飛ばされた」
彼女はまた両手を後ろに組んで、腰を左右に揺らす。
「お気の毒に。同情するわ。もちろん、妹さんには内緒にしてあげるから」
「よろしく、……って、どうして妹がいることを知っている?」
「リゼが教えてくれたの」
「へええ……何でもお見通しか」
「でも、凄いことよね」
彼女がこちらに顔を近づけて、穴が開くように見つめる。
「今ここにいる人が、並行世界の人なのだから。同じ人間なのに、なんか宇宙人に遭遇した気分」
「こっちはいい迷惑さ。……ところで、ここで何を研究しているの?」
「じゃ、見せてあげる」