バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

プロローグ

 2032年―――――。
 ある日の昼。
 「通知が凄いことになってるな」
 通知音が鳴り止まないスマートフォンで「Planter(プランター)」というSNSのアプリの通知欄を覗いては、独り言を呟く。
 それが俺、(さか)(もと)(こう)という人間だ。

 Planterでは「ルートン」という名前を使っている。
 最近、「ナルトン」にでも変えようと思っているが。
 そんなアカウントのIDは、現在のPlanterでは絶滅危惧種になりつつある5文字IDだ。
 今のアイコンは、「ディス·デテクティブ·イズ·エニータイム·ユーズド·スケッチブック」という深夜帯で放送しているアニメ作品のキャラクター「(しら)(から)()(しろ)」だ。
 このキャラクターはアニメでは真っ白で背が低く、無言のためスケッチブックに文字を書く筆談でコミュニケーションを取っているという設定。
 それに魅力を感じて公式サイトにアクセスしたところ、Planter用アイコンが配布されていたので、その中の何個かを保存した上でアイコン画像に設定している。
 この手の「アニメアイコン」は一部では「ブラックリスト」という、関わりたくないユーザーを追加する事でそのユーザーに自分の投稿した写真等を閲覧できないようにする事が可能な機能への追加対象になる人がいるようだが、俺は気にしない。

 アニメは子供の頃、親のパソコンで見ていた動画サイトを調べていたら、今から20年前の作品の本編をたまたま見つけた事から見始めた。
 当時は勉強や部活動もあったためか、よく親に「夜中に放送されるものを録画してほしい」と言っては断られたものだ。
 親にその手の方(サブカルチャー)への理解がなかったせいで、10年くらいは同じような理由で拒否されていただろうか。
 ある日から理由が変わったが、それは「自分でやれ」というものだった。
 俺が録画しても、すぐに消す癖に。

 そんな過去を持つ俺は今、ある峠を攻めようという準備の最中だった。
「ガソリン車を自動運転の車の代わりに納車した」という内容の文章と納車したガソリン車の写真を投稿したら、その投稿に対する反応で通知欄が埋め尽くされたのだ。
 その画像の車は青い塗装で、開閉式のヘッドライトが格好良いスポーツセダン。
「クリスタルモーターズ・ブレーブ」という車だ。
 その昔、『車好きなら知らない者はいない』とされるほど有名だったアメリカの自動車メーカーが、当時の最新技術を注ぎ込んで生産したもの。

 今だとその投稿は、2千人くらいに「ライク」ボタンを押されている。
 その大半が、昔からの車好きだという人達だった。

 それを見た勢いで、俺は走り屋になる事を決意したのだった。

 そして―――――。
 俺は車のドアを開け、シートに座った。
 エンジンを動かす鍵を刺すと、今では滅多に聞けないであろうマフラーの重厚な排気音が響いてくる。
 というのも、電気自動車やAIによる自動運転システムの普及により、ブレーブのようなガソリン車は激減。
 しかも最近、環境に悪いと判断されると、排出したガスの量に合わせて課税されるようになった。
 追い打ちをかけるように、ガソリン車乗り、あるいはそういった車自体を「燃料馬鹿」と揶揄する風潮が出来てしまったことで、
 その手の車種の価値は大きく落とされてしまった。
 だからあんなに安く売ってたのか、あの中古車屋の野郎は。

 中古車屋(あいつ)はともかく、俺は右側のシートに座ってドアを閉め、目の前のハンドルを両手で掴む。
「ここからだな、俺の二つ目の道は!」
 決まった。
 そして、右足でアクセルを踏んだ。
 タイヤには問題がないようだ。
 この感覚を覚えてしまうと、きっと自動運転には戻れないかもしれないな。

 それからしばらく、窮屈(きゅうくつ)で対向車線の車とぶつかりそうな道を走っていると、カーブの多い道へと入っていた。
 そこに他の車はほとんど走っていない。
「変だな……」

 俺は奇妙なまでに人の通らない道を走り続けていた。
 すると―――――。
 後ろから間違いなく一度は警察に止められた事があるだろう車が、俺のブレーブを追い越していった。
 黒い車体に、ピンクや金色のステッカー。
 まさか、俺以外にもガソリン車乗りがいたというのか?
 俺はアクセルを全開にし、それを追う。
 今や貴重とも言える、ガソリン車特有のエンジン音がこだまする。
 ところが、ここで一つの欠陥が明らかになってしまう。
 この車、詳しくは分からないが、ギアのどこかが破損していたのだ。
 欠陥があるなら(あらかじ)め注意するか店で売る前に直しておけよ、あのバカ店員!
 そのせいで3速に入れようにも入らず、加速ができない。
 俺は追い越してきた車を追うのを諦めた。

しおり