バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

告白再び

 車が連隊に戻ると、新入り多数が出迎えてくれた。
 ミキ達三人は駆け寄ってきて無事を喜んでくれた。
 特にミイとミキは抱きついてきたので、周囲の目が気になって仕方なかった。
 捕虜は近くに駐屯している部隊に連行された。
 Bチームの男四人を含めた六人が死亡したと伝わるや否や、新入り達が急に怖じ気づいてしまった。
 連隊長は命令で場の雰囲気を払拭したが、一時的なものだった。

 その日から、トラックの荷台に乗り込むことは最後の別れみたいになり、毎回涙のお見送りが行われた。
 幸いなことに、輸送路を変えてからあのような事件は起こらなくなった。
 それでお見送りも減ってきたが、厭戦ムードはジワジワと確実に広がっていったと思う。

 それからしばらく、仕事はキツいながらも、Bチームは四人で仲良くやっていた。
 話もたくさんして、すっかりお互いに打ち解けた。
 冗談も言い合うようになった。
 結束も固くなったような気がする。
 仕事中にミイとミキが時々こちらをチラチラ見る。
 その視線が気になる。
 それ以外は、特に変わらない毎日なのだが、しょっちゅう見られると気恥ずかしい。
 二人で一緒に重い箱を持つ機会が多い。
 この体勢だと、どうしても顔が向かい合わせになる。
 その度にお互い顔を赤くしながら箱を運んでいた。

 赴任してから3週間以上が経った。
 そろそろ休暇が近い。
 妹とイヨに会えるのが楽しみである。
 仕事にも慣れてきたのでもう少しここにいてもいいとも思ったが、やはり早く帰りたい思いの方が打ち勝つ。

 夕方にコンビーフとパンの配給を受けて、いつものように宿舎で食事をしていた。
 人員の補充がないので、俺の宿舎は独身寮状態である。
 食事がもう少しで終わりそうな頃、ドアをノックする音がした。
 まだ外出禁止の時間ではない。
(誰だろう?)
 ドアに近づいて声を掛けた。
「はい」
「富士山麓」
 これはミキの声だ。
「オウムはおごる」
「人並みに」
 ドアを開けると、ミイとミキが配給のコンビーフとパンを抱えて立っていた。
「一緒に食べようと思って」
「悪い、先食べてた」
「いいの。入るね」

 食事をしながら三人で世間話をした。
 楽しく話を続けていると、いつの間にか恋愛の話になった。
 この手の話は面と向かっては苦手である。
 彼女達の話が恥ずかしくて顔が熱くなった。
 急にミイがミキの方を見て言う。
「は、はっきりさせよう」
「うん、そうだね。はっきりさせないと」
(何を?)
 少しの沈黙が俺を不安にした。
 意を決したように彼女達は崩していた足を正座に正し、同時にこちらを向いた。
「どうした?」
 彼女達は答えない。しかし眼差しが真剣なので、俺も正座した。
 二人は30度の角度のお辞儀をした。
「マモルさん」
「マ、マ、マモルさん」
「はい」
 二人が同時に右手を差し伸べる。
「お付き合いしていただけますか?」
「い、いただけますか?」
 二人はそのまま姿勢を崩さない。
(このことか)
 カワカミに言われたことを思い出した。と同時に遠い記憶が蘇ってきた。

(あれ?……いつだったか誰かに告白された気がする……そうだ……どこかで究極の選択をしたはず……いつ?……どこで?)

 どうしても思い出せなかったが、告白されたのは覚えている。
 胸がつかえてモヤモヤする。
 思い出せない歯痒(はがゆ)さに苛立(いらだ)った。
 目の前で二人の右手が小刻みに震えている。このままにしておけない。
(思い出せ! 思い出せ!)
 すると、遠い記憶の中から相手の顔が蘇ってきた。

(そうだ……思い出した!……あの時、<彼女>を選んだはずだ……そう、確かに<彼女>に決めたはずだ……目の前にいるじゃないか!)

 やっと胸のつかえが取れた。
 そして、ゆっくりと優しく<彼女>の右手を取った。
 <彼女>は泣き出した。
「お、おめでとう」
「ありがとう。嬉しくて、嬉しくて……涙が出て来ちゃった」
「ミ、ミキちゃん。お、お幸せに。マ、マモルさん。ミ、ミキちゃんを大切にしてあげてください」
 ミイはそう言って、俯きながら急いで宿舎の扉を開けて出て行った。
 ミキは嬉し涙を流しながら言う。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
「はい」

しおり