タイマン勝負は命がけ
カワカミはギアを入れ替え、車をバックした。
「え? 帰るんじゃないですか?」
「確認確認」
彼女の大胆さに心底驚いた。
俺は、死体に近づく恐怖もあったが、倒れている三人は実は死んでいる振りをしていて、いきなり起き上がってくるのではないかという恐怖もあった。
「追っ手が来るとヤバいから、やめましょう」
「こいつら斥候だ。追っ手は来ないはず。捕虜にしたら手柄だ」
「死んでますって」
「それを確認するのもある」
こちらの心配を無視して彼女は敵が倒れているところから10メートルくらいの距離に車を止める。
彼女が自動小銃を片手に車を降りる。
俺も従った。
手ぶらで不用心かと思ったが彼女に釣られて丸腰で歩いた。
敵の拳銃が3つ、遠くに落ちている。
3メートルくらいの距離に近づいた。
三人はバラバラの位置に仰向けに倒れていて動かない。
近くに外れたヘルメットが転がっている。
見たところ、東洋人の顔をした黒髪の女が一人、西洋人の顔をした金髪の女が二人だ。
三人とも長身だ。
カワカミが銃を構え、用心しながら倒れている女達に近づいた。
「拳銃持っているよな?」
「すみません。車の中で落としました」
「マジかい!?」
彼女は睨むようにこちらを見る。
「おいおい、丸腰だと万一の場合-」
とその時、彼女の近くに倒れていた東洋人の女が急に立ち上がる。
先ほどまで恐れていた最悪の事態だ。目の前でゾンビに襲われる以上の恐怖を感じた。
彼女が女を至近距離から銃撃しようとするが、女に銃を握られてしまう。
握った銃が横に逸れた。そこで彼女が引き金を引いたので、弾は空しく田んぼの方に消えていく。
「ヤバい! 弾切れだ」
彼女は、弾切れとは知らない女と死に物狂いで銃の奪い合いを始める。
ボーッと見ていた俺は、我に返って助けに行こうとした。
とその時、俺の近くに倒れていた一人の西洋人の女が突然立ち上がった。
頭一つ分大きい女がこちらを見下ろす。
自分より背が高い女を見たことがないので声も出ないくらい恐怖に駆られた。
蛇に睨まれた蛙の状態である。
女は素早く拳を振りかぶって飛びかかった。
顎が外れるかと思った。
衝撃でヘルメットが後ろにずれた。目眩がした。
女は何かの拳法の構えを見せる。体の軸がぶれていない。
(こいつ強い! 手加減している場合じゃない! 仕舞いには殺される!)
俺はありったけの力で腹めがけて蹴りを入れようとしたが、軽く交わされた。
逆に女から顔面に正拳突きを四発食らった。
歯が折れたのではないかと思うほど強い突きだ。
反撃の突きを繰り出すが、防がれた。
右の拳、左の拳。
すべて空を切る。
女は身が軽い。
また女の正拳突きを四発食らった。
思わず膝を折った。
すると女は、後ろを向いて走り出そうとする。向かう先には拳銃がある。
「させるか!!」
俺は立ち上がり、女の背中めがけて渾身の蹴りを入れた。
不意を突かれた女は前のめりにドオッと倒れた。
倒れた拍子に、アスファルトに額を強く打ったらしく、ゴツっと鈍い音がした。
女を仰向けに起こして馬乗りになる。
正拳突きの借りを返そうと拳を振り上げた。
ところが、間近で見るとハッとするほどの美人だった。
眉毛も睫毛までも金髪。金色の産毛。
吸い込まれるほど美しい青い目。ピンク色の唇。白い肌。
西洋人形を見ているようで、拳を振り上げたまま躊躇した。
すると女は、俺の両脇に足を入れた。
アッと思った時は、勢いよく後ろ向きに倒された。
頭の後ろにずれていたヘルメットがアスファルトの上でガツンと音を立てる。
助かった。
急いで起き上がると、女も立ち上がった。
また背を向けて走ろうとしている。
「甘い!」
もう一度背中に渾身の蹴りを入れる。
またもや女はドオッと倒れ込む。
動きが鈍くなった。今度は効いたようだ。
仰向けに起こす。
瓦割りの要領で拳を腹に打ち下ろした。
だが、腹筋を鍛えているのか、堅いゴムを叩いているようだ。効いていない。
馬乗りになる。
女の腰が浮いたように思えた。
二度も同じ手は食わない。
脇を締める。
今度は躊躇せず、拳にありったけの力を込めて顔面を10発以上殴った。
さっき食らった突きの借りを利子付きで返してやったのだ。
女は気絶して動かなくなった。
カワカミはまだ東洋人の女と取っ組み合っている。
加勢に行く。
彼女から女を引き剥がし、女を何度も何度も殴った。
彼女を守りたいという思いから、自制が効かなかった。
「もういい。気絶している」
彼女は俺の右腕を掴んだ。
車に戻った彼女が縄を持って来たので、協力して二人の女を縛った。
あと一人は重傷ながらもまだ生きているらしい。
この女も縄で縛って、三人を車の後部座席に乗せた。
カワカミは「ヤレヤレ」と溜息をついて、エンジンを掛けた。
俺もふぅと溜息をついて助手席に座ると、待ってましたとばかり、彼女は車を急発進させた。
「こいつ、滅茶苦茶強い奴です」
「ああ、マモルくんとやり合った金髪女? 確かに体格いいし」
「ええ。拳法の達人かも知れません。俺、空手をちょっとやってるんですが、まったく歯が立ちませんでした」
「しっかし、この金髪女。弾当たっているのによくあんなに動けるよな」
振り返って女をよく見ると、今まで気づかなかったが、脇腹あたりに血がにじんでいる。思わず背筋が寒くなった。
(平和な世の中なら、きっと道場で生徒に拳法でも教えていただろうに……戦争は人の運命をこんなにまで変えてしまう……なんて残酷なんだ)
昨日までジュリやケンジのカタキを取ろうと息巻いていた俺が、敵に同情している。
さっきまで肉弾戦で戦った相手、こちらを殺そうとした相手に哀れみまで感じているのだ。
「なあ、マモルくん」
カワカミが前を見ながら話しかける。
「はい?」
「今ここだから言うけど」
「何でしょう?」
「見ていて
カトウが、簡潔に的確に物を言え、と言っている顔が浮かぶ。
「ズバッと言ってもらっていいですよ」
「じゃ、遠慮なく。あのね……」
「はあ」
「鈍いっていうかなんていうか」
「だから、何がでしょう?」
「君の周りの女の子。ありゃ、片思いだね。しかも、一人じゃない」
「え?」
「やっぱり鈍いな……。モテ男が鈍いとは困ったものだ」
「……」
「君のハートを狙っている女の子がたくさんいるってのに、鈍いってこと」
「気づきませんでした」
「羨ましい話だよ、まったく」
「はあ」
「世の男性が聞いたら、殴られるぞ」
「大丈夫です。腕力なら-」
「そういう問題じゃなく。……ま、アタックされたら迷わず行けよ。積極的に。男らしく。見ていて本当、……なんて言うかこの辺が
彼女が首を
全く身に覚えがない。
鈍いのかも知れないが、本当だ。
片思いって誰のことを言っているのだろうと考えているうちに、雨がまた激しく降ってきたのでコートを羽織った。
俺達は連隊へと急いだ。