抒情詩 3
暴挙すべてに縛られたまま由紀恵は動けずにいる。
「また言われたのか」
「面白がるのは最初だけ」
人の尊厳とはどこに存在するのだろうか、
和也が残していった写真が気になる。由紀恵に向けた暴言が苛立ちに拍車をかけた。
「まだ出会った頃だったな」
突如、全裸になった由紀恵は叫んだ。
「創り物の身体かも知れない。だけど私は化け物なんかじゃない!」
接近禁止を受けても再三たる勧告を無視し続けた由紀恵は逮捕直前であった。
取り囲んだ警察官と和也、そして相棒の小木がいた。
そこにかつて愛しただろう、情けない男の姿だけがある。狼狽した挙句に由紀恵にまた暴言を投げつけたのである。
過去男であっても肉体は精神を包む器にしか過ぎない。
「楽しむだけ楽しんだら、用がないと言ってやれよ!!」
怒鳴りあげる和也の声が虚しいほどに響く。
夕暮れ時、蹲る姿が辱めを受けた女の姿にしか見えない。松島は上着をかけた。
最後の固い約束がある。
由紀恵には守る義務があった。
無情なまでの勧告を受け入れることが最後の猶予でもある。
法に感情が入り込む余地などない。しょせんは同性愛同者のトラブルとして片付けられてしまう。
あの男から最後まで謝罪の言葉を聞くことはできなかった。
*
他愛無い出来事、
憧れに近づくことができない今だけがある。
皆月日が同じように流れていくのに、得るものに大差が生じている。
ある者は栄光を掴み、傍や、孤独だけを掴み続ける者がいる。
解釈とは価値観の違いだ。
年老いた現実を悔いる意識があるとするならば是非をどう取る。
殺してやるべきか、生かしておくのか。解釈は様々だろう。
若さを羨望する者に今はない。
過去を振り返る者にだけ今が存在する。
人は老いていくものだ、不死の肉体に魅力などない。造りだされた容器はしょせん、観賞用にしか過ぎない。
魂はどこに収められている。
人の死が脳死なら、認知症をどう捉える。
息子の顔さえ忘れた老婆は薄化粧を施された自分を見る、
鏡のなかの自分だ。
改めて記憶と感情を融合させる必要はない。
満たされてさえいれば、過去は忘却の賜物に成り下がるとは思えないか。
誰とて嫌な過去は忘れたいものだ。