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抒情詩 4


 過去を卑しむ者は若さと同化することを選ぶ。
 なにも知らぬ者と一緒ならば、過去を振り返る必要はない。
 都合のいい解釈だけを始めれば擬似体験ができるではないか。


 老婆のはしゃぐ姿が生き生きとしている。高齢者に対して松島は認知症だとは思っていない。 重篤な「見当識失調」だと捉えている。
 見当識失調とは意識障害のことだ。
 状況把握ができない大きな子供。
 だからこそ介護が必要なのだ。
 幼児返りを始めた老婆は楽しかったことを口走る。そして怒り泣き今を忘れてしまう。
 家族とはなんであろう、
 車椅子に横たわったまま、今を過ごす老婆に可愛い頃の息子の姿だけがある。

 卑しむ者がいるとしたなら、偏見を楽しむ者を指すだろう、
 老婆が保護された経緯は障害者からの一言からであった。
 生まれもっての骨形成不全症は顔立ちを大きく歪ませてもいた。
 頑なに自分を卑下する目が今までの差別を物語っていた。


     *



 走りだした車は行き先もないまま走り続けている。
 由紀恵は相変わらず背中を向けたままだ。
 重い空気だけが漂っている。
 我慢することで由紀恵は松島を繋ぎとめようとしていた。
 ありきたりな夢でさえ由紀恵には叶わぬことばかりだ。
 松島は迷っていた。由紀恵が男だからではない。心が女だからだ。

 悪戯に時間ばかりが過ぎていく。
 松島は公園脇の駐車場に車を停めた。
「どうする」
 別れを切り出すような重い口振りに、由紀恵は身構えたまま動かない。
 押し潰されてしまいそうな沈黙だけがある。また眠った振りを続ける気なのだろうか、
「どうしたい」
 柔らかな髪の感触。撫であげた髪が光沢を輝かせている。


 求められることには応じてきたつもりだ。
 誰かを今まで求めたことは無かった。
 空っぽな心、まるで人形だ。
 失う恐怖ばかりがある。言い知れぬ喪失感を思い返したくはない。
「もう限界だ」
 背中越しに呟く言葉がある。
 けっして別れを惜しむ訳ではない。
 精一杯、強がった由紀恵の声が震えていた。


     *



 感情は記憶から生まれる。

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