3 個性とその良さについて
数分間ルイに宥められて、自分はようやく落ち着きを取り戻すことができた。本来ならば取り乱しはご法度だろうし、相手方にも多大な迷惑をかけてしまう。そのため出来限りを尽くして気持ちは抑えたかったのだけれど。
うぅ、まさかあそこまで声に出してしまうなんて……。
恥ずかしい。あまりに恥ずかしい。蒸気を発して火照った身体は汗を滲ませていて、ほんのり匂う。このことが気付かれていなければいいのだけれど。それか匂い自体が薄くて、自分が敏感なだけであってほしい。
「……もうそろそろ落ち着いたかしら」
「ああ、うん」
女性は呆れている。それもこれも自業自得で恥ずかしい限りだ。
「ベガったらそんなに恥ずかしかったの?」
「逆にお前は恥ずかしくないのか……」
少年ルイは自分と同じようなアクションをしていた気がするけれど、見られても自分のように赤面することは無かった。
もしかして、自分が特異なだけなのだろうか。そうだとすれば、これも一つの個性として受け入れていく必要があるのかもしれない。なんだか不服だけれど。
というかナチュラルにベガって呼んでくれたのが凄く嬉しい。とっても良く弾んだ心地だ。
どちらが異質かなんて自分には分からないが、彼もまた特異な個性な気がする。そうでなければ、彼に対して「面白い」などとは思えないのではないか。
けれど、何だろう。ほんのりと安心できる。真反対の考え方だったというのに、とっても安心した。さっきから安心だらけだ。これはあれか、自分がそこまで人肌に飢えていたということなのか。
「あたしが、えーっと……ベガと同じ立場だったら、多分恥ずかしくなるかも」
「ええ!? 僕がおかしいの!?」
どうやら自分は普通なようだ。それはそれで嬉しいな。
別に普通であることが嬉しい訳ではなくて、自分の迷っていたことが一つ解消されたことに対しての嬉しさだ。個性は個性。そこに優劣が有るべきではないと思う。
「おかしいなんてことは無いと思う。オイラは気に入ったぞ」
「ほえ、何を?」
「お前の性格かな」
ああ、ルイがまたきょとーんとしてしまった。それを見て名も知らぬ女性はクスクスと笑っているじゃないか。何か変なことをしただろうか。
「二人とも面白いと思うよ」
彼と顔を見合わせると、互いに首を傾げた。
ルイはともかく、自分はそこまで面白い人間だとは思わない。彼女は多分お世辞のつもりで自分を含めて言ったのだろう。
「さて、本題ね。本来なら理事長をこっちに呼ぼうかと思ってたけれど」
えーっとと一瞬言葉に詰まりつつ、彼女は続ける。
「……ベガも良くなってきたみたいだし、後でおやj……理事長の書斎まで来て欲しいな」
時間をかけてもいいから、と最後に付け足した。
ところで理事長って何の理事長? この施設か?
「あのさ、お前は名前なんて言うんだ? 理事長とかいうのも訳が分からない」」
そもそも理事長じゃないお前は誰だと、そう声高に尋ねたい。女性だとか少女だとか、固有名詞で呼べないのがあまりに窮屈なんだよ。喉の奥がつっかえそうになって変な気分になるんだ。
「自己紹介は理事長の所でするつもりだったけれど、まあいいか」
差し障りは無いらしく、寛容にうけいれている様子だ。
「あたしは『
あれま、想像していたよりも結構若い。20の近辺かと思っていたけれど、まさか13、4歳だとは。発達が結構早い人だったのかな。女性でなく、少女だった。
この辺りの定めに困るから早い内に名前は知っておきたかったのだ。次からは出会い頭に出来るだけ名前を聞いて行くことにしようかな。や、でもそうなったら、それはそれで変な人か。ここは悩みどころになるかもしれない。
「僕の接し方と違う……?」
ふと、ルイがそう呟く。彼女に聞こえない程度の小さな声だったが、自分には聞き取れた。
今の一言から察したのは、彼もまた、些細なことに気が付くタイプだということだ。接し方なんてちょっとしたことなのだろうけれど、それすら気にして考える人間は中々居ないのではないか。
ああ、細かなことに気が付くということは、きっと繊細でもあるのだ。もしかしたら彼は傷ついているのかもしれない。自分が扱う言葉は出来るだけ優しい言葉のつもりだけれど、余計に注意して話すのが良いのかな。
「ルイ。オイラは優しくするからな……?」
「え、何が?」
深く考えすぎだったみたいだ。彼は大して気にしていた訳では無かった。
少女ヒカリが部屋を去ってからしばらくして、自分たちも書斎へと向かう準備を始める。
準備の途中で自分はほぼ記憶の中には存在しない、立ち上がり、歩くという行為を行った。言ってしまえば初の立ち上がりと歩行だ。このようなことを言うとおかしいのかもしれないが、赤ん坊がやっと行うはずのことなのに、それが自分にとってあまりにも感動的に映った。
何でだろうな。こんなこと当たり前のはずなのに。自分でも訳が分からないよ。
ルイもまた驚いていた。自分の考えていることとはまた別だろうと思い、その理由を問う。
「あんなに大きな怪我だったのに、一日で治るって凄い……」
「そんなに酷かったのか?」
「だって、隕石がぶち当たったか、もしくは大空から落ちたんだよ? それが一日で治るって……」
言われてみればそうだ。彼の話によれば、自分は酷い怪我を負っていて、意識も朦朧としていたはず。それがたった一晩もせずに、傷一つ残さず綺麗さっぱり無くなっている。ルイ自身が大げさなことを言っている可能性が無いことも無いが、そうだとしても、痕跡が見当たらないのに違和感を感じてしまう。
どちらにしても、自分の治癒力が高いことを疑う必要があるのかもしれない。
何度も思うがルイは面白い子だ。自分がした話に対する反応が概ね予想通りであることから、意外と単純な人間だと感じさせられる。でも、その表情や感情の入った言葉からは、彼自身の魅力が全面的に放出されているように思う。惹きつける力と言うか、不思議な魅力がある。
これは自分だけが感じられるもので、他の人には理解できないものだったりするのだろうか。少なくとも第一印象からこの今まで、悪いと思えた部分は何一つとして無くて、全てが好意的に受け入れられる。
可愛らしさや面白さを感じられることからもそれは確かだ。
先ほど会ったヒカリについても、段々と知っていきたいものだ。見た所だと真面目そうに映ったが、どうだろう。
ルイに聞いた話だと、先ほど自分が気になっていた理事長と言うのは彼女の父親で、また彼女はその父が運営している学校の生徒会長をやっているということらしい。
なるほどそうなれば見立てに間違いは無いだろう。だがその「真面目」という大枠だけに留まるだけの人間なのだろうか。自分にはそうは見えない。悪戯みたいに笑っているその姿が、真面目な時よりも「彼女らしく」見えたのだ。あくまでも推測の域なのだけれど。それに何より……。
父親を呼ぶその瞬間の表情が、あまりにも硬いものだった。
……何か隔たりを感じるな。一体過去に何があったのだろう。
「着いた。多分ここかな」
ルイも書斎の場所を知らなかったために、施設に居る人に尋ねつつ進んできた。おおよそ10分かかっただろうか。この施設が何なのかをルイに問うと、どうやらここは病院などではなく一般の民家だと。天ノ峰家なのだと。
いやいや、城であるまいしそこまで広いわけがない……と思いたいが、紛れも無い事実なのだから受け入れるしかない。
扉はあらかじめ開いていたため、余計に分かりやすかった。ルイが近寄ると、中の男性はこちらに気付いてくれた。
部屋に入るとそこにはヒカリも居た。
空気はピリリとしている。自分たちがこれからどのような話が来るのかで真剣であること、そして彼女と父親が無言であることの二重の意味で。
ただただ一言も発さずに待機していたのだろうか。そんな気にさえさせてしまうほどの空気。
「今から理事長からありがたーーーーーーーーーーい言葉があるから、まあ適当に聞いてて」
最初に発する言葉がそれか。父親に対する酷い皮肉としか思えない。
「さて、手短に話せよ馬鹿親父」
「…………」
理事長は俯きもせず。そしてまた無言。
概ね想像通りの関係だったのだが、二人はどうしてこんなキズギズとしているのか。何かヒカリの思いを踏みにじる何かを、父親が行ってしまったのだろうか。
どちらが善で、どちらが悪だとかは考えたくない。ただ、このような関係になってしまったきっかけというのは、いつか知りたいと思う。
これもまた、一つの個性と言えるのかもしれない。良さとは言えないけれど……。
いずれ修復できるというのなら、それほど良いことは無い……。