バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

2.初めての任務

 訓練場から響く、ガッ、ガッ――と剣と槍がぶつかり合う音は、朝から止む事を知らない。
 うだるような暑さの中、訓練用の木剣を持つレオノーラと、槍を持つシェイラが実戦形式での打ち合いを開始していた。

「ふッ、やぁッ――!!」

 黄色に渇いた土に落ちた汗のように、シェイラは貪欲に技術を吸収してゆく。
 訓練開始から二週間……レオノーラが見込んだ通り、シェイラの成長は著しい物があった。
 体力に関しては、一朝一夕でどうにかならないものの、時おり覗かせる成長の片鱗は、誰もが目を|瞠<<みは>>るほどだ。
 それは、目の前のレオノーラにも、堂々と立ち向かってゆける事で証明しているのだが――

(いつも思うんだけど、レオノーラさんの剣……訓練用の木剣だよね?
 もしかしたら、人間の皮膚ぐらいなら簡単に切断できるんじゃ……)

 それが眼前をビュンッと掠めると、髪の毛が数本ハラり……と落ちてゆく。
 思わず命の危険を感じてしまうほど、レオノーラの剣は早く、鋭かった。
 本来、開けた場・リーチの差などから、長柄の槍の方が有利とされているが、そこはさすが“教官”と言うべきか――レオノーラからすれば、そんなものは()()()()であるようだ。
 得物の差なぞ、あって無いようなもの。シェイラの槍をかいくぐり、手にした木剣を振り上げ、恐ろしく鋭い剣の筋を残す。
 槍の柄でそれを防いだシェイラは、攻撃に転じようとしたが、ほんの一瞬……それを躊躇してしまった。
 常人から見れば大した差ではないが、そんな一瞬の隙を、レオノーラは見逃さない。

「――遅いッ!」
「あ、ぐッ……!?」

 ついにレオノーラの持つ木剣が、バシンッ――とシェイラの左の内太ももを捉えた。
 彼女が攻撃を躱し続けられるのは、体力・集中力が続く間だけの事である。時間と言う“制約”から、次第に腕や肩、膝などに攻撃を受けてしまう。
 これまでにない手痛く強烈な一撃を受け、シェイラは思わず膝をついてしまっていた。
 目に浮かぶ疲労と涙を堪え、何とか立ち上がろうとするのだが、これまで味わったことのない痛みと疲労から踏ん張りが効かず、腰を上げてはペタン……と落としている。

「ハァッ……ッ……う、ぐぅッ……」
「避ける事に意識を持って行きすぎだ! あといい加減、打ち込むのを躊躇うな!」

 攻撃を仕掛ける場所で攻撃しなければ、相手を倒すことは不可能である。
 シェイラは、未だに“致命的な問題”が克服できておらず、レオノーラの口調もつい厳しいものになる。この臆病さ・優しさは、冒険者には大問題なのだ。

「仕方ない、今日はこれまでに――」

 いくら防具を付けると言えど、太ももなどに攻撃を受ければ致命傷となる。
 それを教えるため、レオノーラは()()()()に打ち込んだのだが……

「だっ、大丈夫か!?」」
「うぅッ……ぐッ……だ、だいじょ……ぅッ……」
「ろ、ローズッ! ローズはいるかッ!?」

 気丈に振舞おうとするも、今回ばかりは苦悶の表情しか浮かばない。
 “指導”が思っていた以上のダメージを与えてしまい、レオノーラは大慌てでローズを呼を呼びつけた――。

 ・
 ・
 ・

 姉の取り乱したような声を聞き、ローズはすぐ察していた。
 実家にいる時も度々起っていたことであり、この手のトラブルにはもう慣れている。
 大急ぎで傷薬を持って“怪我人”の下に駆け寄ったローズは、シェイラのボトムに手をかけ――

「ちょっ、ちょっとっ……!?」
「アタシが変な趣味もってるみたいな反応止めなさいっ!
 この傷薬塗っておけばアザも残らないんだから、アタシに任せておきなさい!」

 そう言うと、ぐいっと強引に膝まで下ろす。
 色気のないグレーのショーツを露わにされ、熱を帯びた顔に朱を加えたシェイラであったが、真っ赤に内出血している太ももに、言葉と羞恥心は一気に吹き飛んでしまっていた。

「こ、ここっ、こんなに……!?」
「こんな場所に傷跡なんてあったら女の恥じゃない! お姉ちゃんやりすぎ!」
「む、むぅ……すまない。少しだけ力を込めただけなのだが……」
「お姉ちゃんの、“少し”は常人の全力なの!」

 普段は姉の方が上であるのだが、傷の手当などに関しては妹の方が上なのだ。
 特に薬に関しては錬金術師(アルケミスト)の十八番。とっておきの傷薬をひと掬いし、マッサージするようにシェイラの傷口に塗り込んでゆく。すると、それはみるみる内に元の色の白い柔肌へと戻っていった。

「すごい……!」
「ケガしたくなかったら、やられるまえにやる!
 体力がないのなら、攻撃を受けない内に倒しちゃいなさい!
 身体に傷跡なんて作ったら、どこかの誰かみたいに、嫁に行き遅れちゃうんだから!」
「は、はいっ」
「ほう、たまには良い事を言うじゃないか。
 ――で、誰が身体中に傷跡を作って、誰が嫁に行き遅れるって?」
「い、いえ、あのその……そ、それと、下着はもうちょい気を付かないなさい!
 色気なさすぎるわよ! じゃ、そういう事でオサラバッ!」

 ローズは言い終わるなり、そそくさとその場を退散してゆく。
 下着と言われ、自分が丸出しになっている格好を思い出したシェイラは、いそいそとウェスト部分を握って履きなおしていた。
 レオノーラは、シェイラのそのショーツを見て首をかしげてしまう。

「色気……? 私は十分にあると思うのだが?」
「ですよね? どこがダメなのでしょう……?」

 ファッションや身だしなみに疎い二人にとって、その言葉は縁の遠い遠い言葉なのである。

 ・
 ・
 ・

 それから二時間ほどして――
 落ち着いたシェイラと、昼からの訓練に参加する予定だったベルグとカートは、待合室に呼ばれていた。
 そこに、一枚の書類を持ったレオノーラと、後を追いかけるようにローズが入室して来る。

「――少し早いかもしれないが、これから“依頼”を受けてもらう」

 レオノーラの言葉に、シェイラだけの胸に緊張が走った。
 ギルドからの依頼をこなしてこそ冒険者だ、と言う者まで居るほどなのだ。
 ギルドと冒険者、は密接な関係にあるように、ギルドと依頼、冒険者と依頼もまた密接だった。
 依頼を受ける条件はただ一つ、“冒険者”である事のみ。ランクなどは一切ない。
 報告は現物か証拠の品を、誰よりも早く持ちこむ事である。例えそれが血生臭くとも、何ら問題はない。
 もし仮に、命を落としてもギルド・依頼者は一切責任を負わないのである。
 
「では早速だが――この薬草採取からだ!」
「……薬草?」
「何でそんな、チンケなのから……」
「わ、私は薬草より、山菜採りの方が……」
「何を言うかッ! 初めてのクエストは薬草採取って決まっているだろう!
 そこでモンスターに襲われ、特別を発揮し『凄い!』と言われるまでがセットなのだ!」
「ねェよッ!? 馬鹿にしてんのか!?」

 拳を握り、熱弁するレオノーラの後ろには『ギルドから依頼 *テンプレート集*』と書かれた本が置かれてあり、皆が『あぁ……』納得した表情を浮かべていた。

「お姉ちゃんは形にはまった上に、影響されやすい人だからね……。
 まぁ、薬草採取はアタシからの依頼でもあるの。
 どっかの誰かさんが怪我する事多そうだし、買い足してたら予算足りなくなっちゃうし、アタシも製薬もしなきゃ腕が鈍るからね」
「う、うぅ……」

 ローズの言葉に、シェイラは少し申し訳ない顔をした。
 怪我の原因、傷薬の使用量が多いのは自分だったからである。
 しょんぼりとしているシェイラに、ローズは目をやると、

「ま、薬草摘みのついでに、山菜採りもしてきて良いわよ。
 このカゴに集めてくれたらそれでいいしね。あー、山菜ごはんが楽しみ楽しみ」
「よし、行こう」
()()に反応してんじゃねーよ、犬っころ!」
「ぜひ行かせてもらいます!」
「お前も山菜に反応するなッ!」

 と、多数決により初めての依頼は、薬草採取に決まっていた。

 ・
 ・
 ・

「……で、これは一体どう言う事かな?」

 ローズの目の前には野兎や川魚、大量の山菜――その脇に一かごの薬草がポツンと置かれている。

「久々の狩りは楽しかった」
「薬草……より山菜の方が、多く群生してました」
「いい川だな。良いスポットがあったぜ」

 真面目に薬草を摘んでいたのはシェイラのみであり、残りの二人は申し訳程度に採取した後、思い思いの行動を取っていたのだ。
 そのシェイラもカゴ一杯に入れ終えれば、ベルグが見つけた穴場を転々としてながら、山菜採りに勤しんでいたのだった。
 結果、訓練場の受付カウンターの机は、今から店をやるのかと言うほど豊富な食材で埋め尽くされることとなった。

「確かに、目的は達成しているけど……う、うぅん……」
「まぁよし、ひとまず任務達成だ。ご苦労だった!」

 複雑な表情を浮かべているローズを尻目に、報酬だとレオノーラが指差した一角には――

「おお、これは俺の斧ではないか!
 置いて来てしまったので、どうしようかと思っていたのだ」
「これも俺のソードとダガー――どうしたんだこれ?」

 ベルグは柄の長い片刃のバトルアックス、カートは厚身のショートソードに片刃がノコギリ状になった短刀――と、それぞれがコッパーの訓練場に来るまで愛用していた武器であった。
 レオノーラが『これからの依頼を受けるにあたって』と、用意させていたのだ。
 しかし……シェイラだけは、目の前にあるそれに、言葉も出せず固まっていた。
 彼女の前には、白銀に輝く槍――そして、レオノーラのような、金属製の防具が用意されていたからだ。

「これって……」
「うむ、私のお古を打ち直した物だが、シェイラ用の槍だ。
 いつまでも訓練用のそれでは、恰好がつかないからな」

 シェイラは初めて見る本物の槍に、目を奪われしまっていた。
 飾り気こそないものの、キラキラと輝く白銀のそれだけで十分な代物である。

「ほら、持ってみろ」
「は、はいっ!」

 ぐっと力強く握った、初めての本物の槍の感想は、

(重い――)

 であった。
 いつまでも訓練生ではない。いつまでも、訓練用の木剣や槍を振っているわけではない。
 ずしりとした重みは金属の重量だけではなく、皆の想い、これからの責任が全てのしかかっているようであった。

 シェイラは冒険者を夢見て、訓練場に通っているのだ。
 夢と目標への第一歩、が踏み出せた喜びが頬を伝い、槍の柄に落ちた。
 一度落ちたそれは留まる事を知らない。人目を憚る事無く、ポロポロと涙を落とすその姿に、誰もが心打たれ今一度ぐっと心の中で想いを誓った。

「うむ。その涙、忘れるんじゃないぞ」
「は、はいっ……!」
「では、皆には少し早いのかもしれないのだが……もう一つ、急を要する依頼が来ているのだ」
「む?」

 レオノーラがそう言うと、ローズが一通の封筒を手にしながら前に躍り出た。

「その説明はアタシがするわ――みんな、“ジャック・オー・ランタン”って知ってる?」
「あの、収穫祭のカボチャのお化けか?」
「そう、それよ。
 最近、それ用のカボチャが盗まれてるから、“犯人の調査”をして欲しいって依頼なの」
「野菜泥棒ねェ……イノシシか何かじゃねェの?」

 カートの言葉に、レオノーラも難しい顔を浮かべていた。

「私も同じ事を考えたのだが……どうも、それではないようなのだ。
 しかも、多くは盗まれていないらしくてな……どうしてカボチャだけなのか、など色々謎が多い」
「よし、承ろう――」
「一旦、俺たちに伺えよッ!」

 ベルグは泥棒と言う言葉だけで、もう行く気満々だった。
 詳しい場所も聞かず、耳をピンと立て斧を担いだまま外に向う――人の話を最後まで聞かない、ベルグの悪い癖である。

しおり