5−4: 死と、そして死と
「確かめる必要なんてない。お願い」
「君は、」
イルヴィンは左手でエリーの手を握り返そうとしたが、まだ痺れていた。
「自分が何なのかを知りたいと思ったことはないのか?」
「お願い、」
エリーはイルヴィンの左手に額を当てた。
「そういう話とは違うわ。あなたが何なのかは、あなたが決めること。私もそれは同じ」
「俺自身が何者なのかを決めるためにも、必要なことだと思うんだ。テリー、方法があるなら聞いてくれないか?」
テリーは端末を振りながら、病室の外へと向かった。
「イルヴィン、お願い」
「いや、これは止められない」
エリーは顔を起こし、イルヴィンを凝視めた。
「お願い、聞いて。あなたが倒れたと聞いてどれだけ心配したか。テリーの話を聞きながら、どれだけ心配したか」
「聞いて欲しいんだ。もし、君が "I.F." というものかもしれないと聞いたら、どうしたいと思う?」
「そんな聞き方は卑怯よ」
「そうだな。卑怯だ。だけど聞いてくれ。確かめたいんだ」
「テリーが言っているだけだわ。それに、どういう方法にせよあなたに危害が加わるなんて。それがあなたの意思だとしても、自傷や自殺と同じよ。お願いだから止めて。私には耐えられない」
イルヴィンはエリーを凝視め返していた。数秒、凝視め返してから答えた。
「もっと卑怯な言い方もあるんだ」
「お願いだからこれ以上……」
「君が苦しんでいるのはわかる。じゃぁ、俺はどうなるんだ? 君の苦しみはいずれ癒えるだろう。なら、今の俺の気持はどうなるんだ?」
エリーは両手で包んではいたものの、イルヴィンの手をベッドに戻した。
「どっちが最悪なのかわからない。でも最悪なのは二つあるわ」
イルヴィンはうなづこうとした。首が動いたようにも思えた。
「あなたが "I.F." だとして、」
エリーは一度深呼吸をしてから続けた。
「一つはあなたが死んでしまうこと」
「もう一つは?」
「もう一つは、あなたが死ねないこと」
「死ねないなら、それは恐くないだろ?」
「そうじゃないの」
エリーは右手を離し、イルヴィンの頬を撫でた。
「あなたが決っして死ねないこと。あなたは再生されるかもしれない。新しいユニットの組合せと新しい体で」
「また、君と会えるかな」
「もし記憶が与えられなかったら、それはあなたではないのかもしれない。それなら、あなたは死ねる。でもそれは一つめと同じよ」
「なら、もう一つの方の最悪なのは?」
「記憶まで与えられること。そうなったなら、あなたは本当に死ねないことになる」
「それこそ知りたいことだ」
「お願いだから、そんなことを言わないで」
エリーはもう一度イルヴィンの頬を撫でた。
「もしそうなっても、私は憶えているのよ。私の都合だって言うかもしれない。でもあなただって憶えているかもしれない」
「君を忘れないならかまわない。忘れても君にまた会えるかもしれない。忘れないなら、そういうことがあったと憶えているだけじゃないか」
「そんなに大切なこと?」
「あぁ、大切だ。テリーのようには割り切れないよ。トムの後にテリーが来た時のこともある。それに額に貼ってあったガーゼのこともある。もし、今の僕が、もう再生かなにかされたんだとしたら…… 僕は何なんだ?」
エリーはまたイルヴィンの左手を両手で包んだ。
「ある人が上司に聞いたことよ。仕事や規則、それに職場の人間関係に苛ついて」
「どんなことを?」
「これでは人間は、『語源的なロボット』だって。どんな答えが返ってきたと思う?」
「『語源的なロボット』ってどういう意味なのかじゃないのかな?」
その答えを聞いてエリーは微笑んだ。
「あなたのそういうところが好きなのよ。でも返って来た答えは違ったの。その上司はこう答えたわ。『そうだ、人間はロボットだ』って。議論もしたくなかったんでしょうね。それとも、その上司はもう何かを諦めていたのかも」
「君が訊いたのか?」
エリーはもう一度微笑んだ。
「でも、そんなふうに、議論が必要ないこともあるのよ」
「そうか、」
イルヴィンも微笑もうとした。
「だけど、君は議論をしたかったんだろ? そして、僕は、僕の気持もわかって欲しい」
エリーはうなずいた。溢れた涙を拭って、もう一度うなずいた。