眼球の問いかけ
仕事が行き詰まったある夜。
そいつは俺の前に現れた。
熟睡中の俺を無理やり起こし、滔々と勝手に話を始める。
大きな大きな眼球だった。
比喩ではない。 俺よりも比較的、という話でもない。
俺に話しかけてきたそいつは、紛れもなく眼球そのものだ。
右目なのか左目なのか分からない。大玉転がしの玉のような大きさで、プカプカと宙を浮かんでいる。
目は血走り視神経が地面に垂れていた。
俺の体は見えない力で押さえ付けられており、ただやつの話を聞くしかなかった。
「ここに扉がある。」
巨大な眼球は言う。どこから声が出ているのかはわからない。
確かにそこに扉はあった。
部屋の真ん中にポツンと。何に寄りかかるわけでもなく立っている。
「この扉はお前の苦しみを消す扉。お前らが言うところの「死」というやつだ。痛みはない。一瞬のうちにお前の体は消える。そして永遠の快楽の中に包まれるだろう。開くか開かないか。ここで決めろ。」
奴が言い終わると、俺の体はフッと軽くなる。決断しろということらしい。
「考えるまでもないな。」
俺は即答した。
確かに人生は苦しい。悩むことつらいことばっかりだ。
しかし。だからこそ、乗り越えた時の達成感が素晴らしいことを俺は知っている。
「そんな誘惑には乗らない。」
俺ははっきりと首を横に振る。
「そうか。」
そいつは煙のように消え去った。
次の日。
結局、俺はあのまま眠ることができず朝を迎えた。仕事中に睡魔におそわれたが、不思議と気持ちは高ぶっている。
改めて一旗上げてやるという気持ちが強まった。
もしかしたらあれは俺の潜在意識だったのかもしれないな。
そんなことを思いながら帰路に着く。
そしてその夜。
俺はまたやつに起こされた。
「最初はみんな断るんだよ。」
眼球は淡々と俺に話しかける。
「これから続く不眠の生活。お前はどこまで耐えられるかな?」