第三話:毒ドラゴンで万能ドラゴン
「わぁ……クジョ―、これは帰巣本能だ。帰巣本能だよ」
感心したような声をあげ、カヤが大きくなった海ドラゴンを撫でる。少しずつ俺以外にも慣れているのか、ドラゴンはきゅいきゅいと嬉しそうな声をあげた。
いいから、さっさと対策を考えてくれ。
こちらからしてみれば、帰巣本能? お前の帰るべき場所は俺の家じゃなくて海だろ、って感じである。
朝一で助けを求めにきた俺に、実家の店を手伝い中だったカヤはあっさりとついてきてくれた。時間がなかったはずなのに店員用の制服から着替え、上下ともに隙がない。
「ドラゴンには帰巣本能があるんだ。何キロ先からでも帰るべき場所を忘れない」
「その帰るべき場所を間違えてるんだが」
それにこの成長速度、やばいぞ。海に返してから家に戻ってくるまでの数時間で二回り大きくなり、そしてそこからカヤに助けを求めに行くまでの数時間でまた一回り大きくなっている。
子供ならば、もう今のこいつにまたがれる。そういう大きさだ。
ちなみに、餌などは一切与えていない。
カヤが、俺の言葉に唇をとがらせる。
「そんなの知らないよ。知らないけど、やっぱりクジョ―、親だと思われてるんだよ」
他人事だと思って……。
カヤはどこか楽しそうだった。昨日から薄々気づいていたけどお前、ドラゴン好きだろ?
「漁船かなんかに乗せて海のど真ん中に捨ててきてもらうか?」
数キロなら戻れても数十数百キロなら別なのでは?
そんな一縷の望みを掛けた俺の提案に、カヤが首を横に振る。
「……多分無理だと思う……何百キロ離れていても、オーシャンドラゴンには立派な翼があるから」
「翼……?」
足元にまとわりついてくるドラゴンを観察する。確かに、鋭い流線型を描いた翼が一対持っているが、その大きさは身体の大きさと比較して小さく、それで飛行できるようには見えない。
……あれ? こいつ、海ドラゴンなんだよな?
「……海ドラゴンってまさか飛べるのか?」
「そりゃ飛べるよ。ドラゴンだもん」
「この翼で?」
「クジョ―、ドラゴンは翼だけで飛んでるわけじゃないんだよ。魔力で飛んでるんだよ。原理はブレスと同じさ」
ドラゴンブレス。
ドラゴンの最も有名な攻撃手法である。ドラゴンは炎や雷などの混じった
「オーシャンドラゴンは水陸空全てを制覇した強力なドラゴンなんだ。通称……海神だよ。クジョ―、私たちの国の国旗に書いてある青い竜はオーシャンドラゴンなんだ」
ごめん、初めて聞いた情報が多すぎて何も言えない。確かに俺の住む国の国旗には青い龍が描いてあったが……。
あやすように手の平をひらひらさせて遊んでるカヤを眺める。
……聞きながら考えてみたが、よく考えてみればそんなのどうでもいいことだ。正直、ドラゴンについては味以外の興味はないし、さすがにどのドラゴンが一番美味しいのかなんてカヤは知らないだろう。
「さすがに海ドラゴンだから空ドラゴンよりは飛ぶのが苦手なはずだけど……」
「待った待った待った!」
空ドラゴンってなんだよ! ってつっこみは置いておいて――
「で、俺はどうしたらいい?」
「んー……育てる?」
他人事だと思いやがって。育てねーよ。大体、このペースで大きくなっていったら一ヶ月経たないうちに家に入れなくなるだろう。育てたところで食べられないだろうし……。
「そうだ。大通りの酒屋のじーさん、猫とか飼ってたよな」
一緒に飼ってもらえないだろうか。
そう提案する前に、カヤが憮然として逃げ道を塞ぐ。
「……猫とドラゴンは違うよ。大体、帰巣本能があるんだから戻ってきちゃうと思うな」
「やってみなければわからないだろ」
「クジョ―、もう面倒になってる?」
かなり。というか、言うまでもない。俺はずっと、どうにかしたいと思っている。
お前、なんのためにここに呼ばれたと思ってるんだよ。
「こんな
「まぁ、どうでもいいからどうにかしたい。最悪、翼はロープでぐるぐる縛って海に捨てよう」
「……はぁ。ロープくらいでドラゴンを拘束できるわけがないじゃないか」
幼ドラゴンはそんな俺たちの会話がわかっていないのか、楽しそうに俺の膝の上によじ登り始めた。痛くはないが重い。
「そんなに懐いてるのに……」
「好きで懐かれてるわけじゃないから」
膝に登ると、そのまま身体に抱きつくようにして身体の登頂を始める。こいつにとって俺は山かなんかなのか。
壁に掛けてある鏡が視界にはいる。そこに映った俺は凄い仏頂面だった。
カヤが俺の姿を見て、軽く噴き出す。
「あはははははは……」
「……」
「……あは……ご、ごめん」
「……」
「ん……んー、ま、まぁ、クジョ―の家だと狭いもんね。こうなったらプロに頼むしかないかなぁ……」
さすがに頭に登ろうとしたので、首根っこを掴んで膝の上におろす。十キロなんてもんじゃない。今のこいつは倍以上ありそうだ。
ばたばたと翼をばたつかせるが、まだ力はそんなに強くないようだ。
膝の上でじたばたするドラゴンを手の平で押さえつけながら、カヤに尋ねた。
「……プロ?」
「プロだよ。国立ドラゴン研究所。この港にも海ドラゴン研究のための支部があったはずだよ」
二十年近く住んでいて、初めて知ったわ。
俺の住む街は田舎だが広さだけはやたら広いのだ。なるほど、海岸にドラゴンの卵が打ち上げられるくらいである。研究所があってもおかしくはないだろう。
「ドラゴンは軍事の分野でも魔法の分野でも研究されているからね……連れて行ったら引き取ってくれるんじゃない?」
「決まりだな」
さっさと連れて行って引き取って貰おう。国立というくらいだ、幼ドラゴンの一匹や二匹引き取ってくれるに違いない。ついでに刷り込みと帰巣本能もどうにかしてもらえるとありがたいのだが、そこは期待薄だろうか。
ドラゴンを抱っこして立ち上がる。重い。二十キロくらいあるんじゃないだろうか。
鱗はまだまだ柔らかい所を見ると幼生には間違いないとは思うが、一体何を食ったらここまで大きくなるのだろうか。俺は餌をあげてないからきっと、海の中でたらふく食べてきたのだろうな……
尻尾をばたばたさせて喜ぶ幼ドラゴン。尻尾が腹に当たるが、痛くはない。犬じゃなくても嬉しい時には尻尾を振るんだな。
「え? もう連れて行くの? ……私、餌とかあげたいんだけど」
「野生の動物に餌をあげちゃいけないのを知らないのか」
「野……生……?」
言葉をわかっているわけでもないだろうに、幼ドラゴンが、カヤの方を向いてぴーぴー鳴いた。