バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【原神】からかい上手のナヒーダさん #17 - 星茸、間接キス【二次創作小説】

 
挿絵


石板のからかいが終わり、俺たちは洞窟の奥へと進み続けた。これまでに通過してきた様々な区域とは異なり、この辺りは比較的静かだ。死域の気配もあまり感じられず、空気は澄んでいる。

 足元の水たまりに映るキノコの光が、幻想的な雰囲気を演出していた。湿った岩肌に沿って水が滴り落ち、その水滴が静かな音を立てる。時折、遠くから微かに風の音が聞こえてくるが、それ以外は静寂に包まれている。

 洞窟の奥へ進むと、暗闇の中でぼんやりと光るキノコの群生が目に入った。それは、石のように硬い台座の上に生えていて、淡い青白い光を放っている。

「あれ……星茸?」

 小さく呟きながら近づく。星の形のような、独特の形状をしたキノコだ。淡い光を放つその姿は、以前どこかで見たことがある気がする。確か、元素を当てると変化するんだったような……? でも、詳しいことは思い出せない。

 俺が手を伸ばそうとした、そのとき。

「ふふっ、それに触れても大丈夫?」

 突然、すぐ背後から囁くような声が降ってきた。思わず肩が跳ねる。驚いて振り向くと、ナヒーダが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見ている。いつの間にこんなに近づいていたのだろう。

「な、なんだよ……脅かすなよ」

 心臓がまだドキドキしている。彼女はそんな俺の反応に、満足げな表情を見せた。

「ごめんなさい。でも、せっかくなら試してみたいわね。……私が炎元素や雷元素を使えれば、もっと変わった特性を見せてあげられるのに」

 ナヒーダは星茸に興味津々の様子で、少し残念そうに言った。草神である彼女は草元素を操るが、他の元素は使えない。

「……炎元素はともかく、雷元素なら俺が使えるぞ?」

 俺がそう言うと、ナヒーダはピタッと動きを止めた。そして、一瞬何かを考えるように目を細めると、くすっと微笑む。その表情には、何か企みがあるようだ。

「……ねえ、旅人」

 彼女の声音が変わった。少し甘い、誘うような調子だ。

「な、なんだよ……?」

 思わず警戒してしまう。この声色は、いつもナヒーダが俺をからかう直前のものだからだ。

「雷元素を使うなら、一つ試してみたいことがあるの」

 ナヒーダはわざと間を置き、俺の顔をじっと覗き込む。その紫がかった瞳には、好奇心と悪戯心が混在している。

「星茸ってね、雷元素を与えると"ある反応"をするのよ」

「へぇ……?」

 単に光るだけじゃないのか。確かに星茸には特殊な性質があることは知っていたが、詳細は思い出せない。

(何か変わるってのは知ってるけど、具体的にどんな反応だったっけ……?)

「たとえば……」

 ナヒーダは口元に指を当て、ゆっくりとした口調で続ける。その仕草が、何故か妙に色っぽく見える。

「雷元素を与えると、周囲の"特定の感情"に反応して、特別な光を放つ……なんて話もあるわよ?」

「……は?」

 特定の感情? 何だか嫌な予感しかしない。

「ええ、愛情を持つ者同士が近くにいると、それに応じた光を放つらしいわ」

 案の定だ。またナヒーダのからかいが始まった。

 ……やっぱり、そういう話かーーー!!!

「ちょ、ちょっと待て! それ、本当か?」

 俺の動揺した反応に、ナヒーダは満足げな表情を浮かべる。

「さあ? 私も実際に見たことはないけれど……試してみればわかるんじゃないかしら?」

 ナヒーダは、微笑みを浮かべながら俺の腕にちょこんと触れる。その指先の感触が、肌を通して伝わってくる。

「ねえ、旅人。せっかくだし、雷元素を当ててみましょう? もし本当に光ったら……その理由を一緒に考えましょうね?」

 その提案には、明らかな落とし穴がある。もし光ったら、「愛情があるから」というナヒーダのからかいが始まるのだろう。

「そ、それ絶対俺をからかう気だろ!!」

「ふふっ、どうかしら?」

 ナヒーダが意味深に微笑む。彼女の視線から逃れられず、心臓の鼓動が早まる。

(やばい、これ以上話してたら、本当に試させられそう……!)

 この状況から脱出するには、雷元素を使わないという選択肢もあるが、それはそれでナヒーダのからかいが続くだろう。

「べ、別に試さなくても、何かしら変わることは知ってるし!」

 慌ててそう言いながら、俺は試すフリだけして指先に雷元素をまとわせた。腕に電流が走るような感覚と共に、紫の光が指先に集まる。

 ……その瞬間、記憶が蘇った。

「思い出した! 星茸は雷元素を当てると『みなぎる星茸』に変わる! それだけじゃなく、光るのは元素の影響であって、愛情関係ないじゃないか!!」

 そうだ、テイワット各地に存在する星茸は、元素反応によって形状や性質が変化する特殊なキノコだ。雷元素を当てると「みなぎる星茸」に変わるが、それは純粋に元素反応の結果であって、周囲の感情なんて関係ない。

 俺は慌てて雷元素を解除し、手を引っ込める。ナヒーダは「ふふっ」と肩をすくめると、わずかに残念そうに息をついた。

「……残念」

 その表情は、計画が失敗した子供のようだ。

「くっ……また俺を騙す気だったな……」

 ナヒーダの悪戯心を見抜いて安堵する一方で、少し拍子抜けしたような気分にもなる。

「そんなことないわよ。ただ、もし本当に光ったら……その理由を一緒に考えたかっただけ」

 彼女は無邪気さと知性を併せ持った表情で言う。信じるか信じないかは、また別の問題だが。

「ぜってー嘘だ!」

 俺は大きくため息をつきながら、そそくさとその場を離れる。ナヒーダのほうを振り返ると、彼女はまだくすくすと笑いながら星茸を眺めていた。

(……いや、待てよ? もし本当に光ったとしたら……どんな色になってたんだろ……)

 そんなことを考えた瞬間、顔が熱くなるのを感じて、慌てて頭を振った。何を考えているんだ、俺は。

(ダメだダメだ! 余計なことは考えるな!!)

 俺は気を引き締め直し、ナヒーダの微笑みを背中に感じながら、洞窟の奥へと足を進めた。

 星茸のエリアから少し歩くと、洞窟の奥でほどよく広い空間に出た。周囲には大きめのキノコが生え、天井からは光るコケが垂れ下がっていて、程よい明るさを提供している。足元は平らで、休憩スポットとしては理想的だ。

 死域の浄化はまだ終わっていないが、ここまで長時間歩き続けて疲れが溜まっている。ひとまずここで休憩することにした。

「ふぅ……少しは落ち着けそうだな」

 俺は大きな岩に腰掛け、バックパックから携帯食を取り出した。長期の冒険に備えて準備していた、コンパクトな栄養食だ。容器を開け、中身をフォークで食べ始める。

 しばらく黙々と食事を続けていると、隣に座ったナヒーダが興味深そうに覗き込んできた。

「それ、美味しそうね。何の食べ物なの?」

 彼女の顔が近い。食事に集中していたため、いつの間にか隣に座っていたことに気づかなかった。

「スメールのハッラの実を使った携帯食だよ。栄養満点らしい」

 なるべく平静を装いながら答える。ナヒーダはさらに身を乗り出すようにして、食べ物を観察している。

「へぇ……私にも少し分けてくれないかしら?」

 ナヒーダが微笑みながら、こちらを見上げる。その澄んだ瞳には、純粋な好奇心が浮かんでいる。こういう時の彼女は、からかいの色がなくて素直に可愛らしい。

「べ、別にいいけど……」

 俺はフォークを差し出そうとして、ふと手が止まる。

(……待てよ? これって、間接キスになるんじゃ……)

 急に恥ずかしくなってきた。フォークを渡せば、俺が使っていたものを彼女が口にすることになる。つまり、間接的に唇が……。

 いや、別に気にすることじゃない。気にすることじゃないんだけど……!

「……どうしたの?」

 ナヒーダが小首を傾げる。俺の急な躊躇に気づいたようだ。

「い、いや、なんでもない!」

 俺は慌ててフォークを差し出した。考えすぎだ。互いに食事を分け合うなんて、冒険の途中では普通のことだ。

 ナヒーダは自然に受け取り、携帯食を一口食べる。彼女の唇がフォークに触れる様子を見て、また動揺してしまう。

「ん……美味しいわ」

 目を細めて微笑むナヒーダ。そのリアクションは素直で、心からの感想のようだ。

 ……それだけなのに、なんで俺はこんなに意識しちまってるんだ!?

「そ、そうか。そりゃよかった」

 俺は無理やり平静を装い、フォークを受け取る。……が、今度は俺が使う番。

(……つまり、ナヒーダが口をつけたフォークを、そのまま俺が……)

 そんなことを考えた瞬間、顔が熱くなる。本当に、どうしてこんなことで意識してしまうのか。普段なら気にもしないようなことなのに。

「……ふふっ」

 小さな笑い声が聞こえる。顔を上げると、ナヒーダがこちらを見て微笑んでいた。

「な、なんだよ」

「なんでもないわ。ただ、あなたの耳が真っ赤になってるなぁと思って」

「っ……!」

 慌てて耳を押さえるが、余計に意識してしまい悪化するだけだった。隠そうとすることで、逆にバレてしまう悪循環だ。

 ……ダメだ! これ以上考えたら負ける!

「ほ、ほら! お前も喉渇いただろ? 水、飲むか?」

 俺は強引に話題を変えようとしながら、自分の水筒を差し出す。食べた後は水分補給も重要だ。

 ナヒーダは「いいの?」と嬉しそうに受け取り、そのまま口をつけた。水筒が彼女の唇に触れる様子を見て、また意識してしまう。

(ま、また間接キス……!!)

 ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らして飲むナヒーダ。その姿を直視できない。目のやり場に困り、洞窟の天井や壁を見つめる。

「ぷはっ……ありがとう。助かったわ」

 ナヒーダが微笑みながら水筒を返してくる。その手が一瞬、俺の指先に触れる。わずかな接触だったが、彼女の指の温かさが伝わってくる。

(近い! 近いって!!)

 俺の心臓が爆音を立てる。冷静になれ……落ち着け……!

 なぜこんなにも動揺してしまうのか、自分でも理解できない。ナヒーダとは今まで何度も一緒に冒険してきたはずなのに、こんな些細なことで心臓が跳ねるなんて。

 しかし、そんな俺の動揺を察したのか、ナヒーダは何かを思いついたように口を開いた。

「ねえ、旅人?」

 彼女の声音に、またあの「からかい」の調子が混じっている。

「……な、なんだよ?」

 警戒しながら応じる。間違いない、これから何かをされるに違いない。

「こうして一つの食べ物を分け合って、同じ水筒から水を飲んで……なんだか恋人みたいじゃない?」

「っ!!??」

 予想はしていたが、やはり彼女はそこに触れてきた。今度こそ心臓が止まるかと思うほどの衝撃だった。

「な、なに言ってんだお前!? そ、そんなわけないだろ!!」

 慌てて否定するが、声が裏返ってしまう。冷静を装おうとすればするほど、逆効果だ。

「そうかしら? だって、普通こういうことするのって、仲のいい二人よね?」

 ナヒーダは無邪気な笑みを浮かべながら、俺の顔をじっと見つめてくる。まるで本当に疑問に思っているかのような、純粋な表情だ。

(や、やめろ! そんな純粋な目で見ながら言うんじゃねぇぇ!!)

 そんな無垢な表情で言われると、反論のしようがない。確かに恋人同士なら、食べ物を分け合ったり、同じ飲み物を飲んだりすることはよくある。でも、それは今の俺たちとは状況が違う。

「と、とにかく! これはただの休憩で、別に深い意味なんて……!!」

 必死に弁解する。これはただの冒険の途中の休憩だ。そこに特別な意味はない。そう自分に言い聞かせる。

「あら、そうなの? なら、これくらい気にすることじゃないわよね?」

 そう言うやいなや、ナヒーダは俺の水筒を再び手に取り、もう一口飲む。その仕草には、明らかな挑発が含まれている。

「なっ……!!?」

 言葉が出てこない。このまま見つめていると、さらに赤面する気がして、視線を外す。

「ん……やっぱり水分補給は大事ね」

 満足げに微笑むナヒーダを前に、俺はもう何も言えなくなった。

(……もう勘弁してくれ……!!)

 俺は心の中で叫びながら、顔を覆ってうずくまるしかなかった。

 しばらくして、少し落ち着きを取り戻した俺は、周囲をぼんやりと見回す。洞窟の壁を伝う水の流れや、天井から垂れ下がるつらら状の岩が、この場所にいることを実感させる。

 ナヒーダは静かに食事を続けていた。からかいの後の静寂は、いつも以上に居心地が悪い。

 休憩を終え、荷物をまとめ始める。水筒をしまいながら、さっきの「間接キス」を思い出し、また顔が熱くなる。

「そろそろ行きましょうか。まだ死域の浄化が残ってるわ」

 ナヒーダが立ち上がり、やさしく微笑む。その表情には、さっきまでのからかいの色は見えない。あるのは、共に任務を果たそうという決意だ。

「ああ、そうだな」

 俺も立ち上がり、装備を整える。星茸の話も、間接キスも、一時的な気まずさにすぎない。大切なのは、死域の浄化という目的だ。

 彼女との関係性を考えると、複雑な感情が湧き上がる。お互い信頼し合っている、協力者以上の関係。その曖昧な距離感が、心をくすぐる。

 前を歩くナヒーダの後ろ姿を見つめながら、俺たちは洞窟の奥へと進んでいった。

しおり