【原神】からかい上手のナヒーダさん #18 - 腕の中の温もり【二次創作小説】

休憩を終えた後、俺たちは再び洞窟の深部へと歩みを進めた。水分と食料で体力を回復したとはいえ、長時間の探索による疲労は完全には消えていない。それでも、任務を完遂するという目的のために足を運ぶ。
洞窟の奥へと進むにつれ、通路はますます狭くなっていった。天井も低くなり、時には頭を下げなければ進めないほどだ。壁面は湿気を帯び、水滴が頻繁に落ちてくる。床は滑りやすく、一歩一歩慎重に進む必要がある。
「……歩きにくいな」
俺は足元を確認しながら呟いた。ナヒーダも同様に慎重な足取りで、すぐ後ろを歩いている。彼女の小柄な体格は、この狭い通路では有利に働くようで、俺よりも動きやすそうに見える。
狭い通路を進みながら、俺は考え事をしていた。先ほどの休憩時、ナヒーダとの間接キスの一件は、まだ頭から離れていない。彼女のからかいは、いつもよりも効果的だった。それはなぜなのか。単に疲れているからなのか、それとも…。
そんなことを考えていたせいで、不意に小さな岩につまずいてしまった。
「うわっ……!」
バランスを崩した俺は、咄嗟に壁に手をついて体勢を立て直そうとした。しかし、その勢いのまま、すぐ後ろにいたナヒーダを壁際へ追い詰める形になってしまった。
――いわゆる「壁ドン」状態。
「あ……」
気づいた時には遅かった。俺の腕がナヒーダの頭上の壁についており、彼女は俺と壁の間に立っている。至近距離にいるナヒーダの顔。俺の腕の下で、彼女はゆっくりと瞬きをする。
彼女の瞳が、俺の顔をじっと見上げている。その視線に、心臓の鼓動が加速する。
「……どうしたの、旅人?」
ナヒーダが穏やかに問いかける。まるで、この状況にまったく動じていないかのように。その冷静さが、逆に俺の焦りを増幅させる。
「い、いや、その……違うんだ! わざとじゃなくて……!」
慌てて弁解する。こんな状況を演出するつもりはなかった。単なる偶然だ。そう伝えなければと思うが、言葉がうまく出てこない。
(やばい、近い! 近すぎる!!)
壁に片手をついたまま、ナヒーダを見下ろす形になっている俺。まるで彼女を追い詰めているみたいで、顔が一気に熱くなる。通常よりも激しい動悸を感じる。
そんな俺の動揺を察したのか、ナヒーダの唇が微笑みに緩んだ。
「ふふっ、旅人ったら大胆ね。こんな狭い場所で私を押し込んじゃって……」
その言葉に、さらに頬が熱くなる。彼女はこの状況を楽しんでいるようだ。
「ち、違うって! 俺はただ、つまずいて……!」
必死に状況を説明しようとするが、ナヒーダはさらに追い打ちをかけてくる。
「でも、このままじゃまるで……私、あなたに迫られてるみたいじゃない?」
「~~~~っ!!?」
発言の内容もさることながら、その穏やかな口調と無邪気な表情のギャップに、俺の理性は崩壊寸前だった。どう反応すればいいのか、まったく分からない。
(お、お前なぁ! そういうことを平然と言うな!!)
俺はなんとか体勢を戻そうとした。一刻も早くこの状況から脱出しなければ。壁についた手に力を入れて、身体を引き戻そうとする。
しかし、その瞬間——
「……っ!?」
突如として、壁の土がボロボロと崩れた。古い洞窟の壁は、思った以上に脆かったようだ。
「やばっ……!」
俺の手が支えを失い、バランスを崩す。体が前のめりになり、その瞬間、ナヒーダを巻き込む形で——
「きゃっ……!」
ナヒーダの小さな悲鳴が洞窟に響く。二人一緒に地面へ倒れ込んでしまった。
落下の衝撃で、一瞬目の前が暗くなる。しかし、すぐに我に返ると、俺たちは床に横たわっていた。
——結果。
俺はナヒーダを守るように、彼女を腕の中に抱きしめる形で倒れていた。俺の腕が彼女の頭を支え、もう一方の腕は背中を包んでいる。彼女の体が俺の胸元に密着している。
(う、うわあああああ!!!??)
心臓が爆発しそうなほど鳴り響く。目の前にはナヒーダの驚いた顔。彼女の呼吸が、俺の顔に当たる。二人の唇の距離は、ほんの数センチほど。
「……旅人?」
彼女が小首を傾げながら、俺を見上げる。先ほどの動揺は消え、冷静さを取り戻したようだ。
(お、落ち着け……! 俺はただ、ナヒーダを守ろうとしただけで……!)
混乱する思考を整理しようとするが、彼女の体温と、かすかに漂う草花の香りが、それを妨げる。
しかし、そんな俺の葛藤をよそに——
「ふふっ……旅人ったら、ずいぶん積極的なのね?」
ナヒーダの言葉に、完全にパニックに陥る。
「なっ……!? ち、違う!! ちがああああう!!!」
俺は全力で後ずさり、ナヒーダから距離を取る。慌てて立ち上がると、壁に背中をつけ、できるだけ離れようとする。
「……?」
ナヒーダは何事もなかったかのように立ち上がり、衣服についた土を軽く払う。彼女の表情に動揺の色はなく、むしろ面白がっているように見える。
「ありがとう、庇ってくれて。でも……こんなに慌てるなんて、旅人って純情なのね?」
「ぐっ……!!」
その言葉に、言い返す術を失う。確かに俺は慌てている。しかし、それはこの状況が異常だからであって…。
(くそっ……こっちは本気で焦ってるのに……!!)
俺は顔を真っ赤にしながら、必死に息を整えた。心臓の鼓動がようやく落ち着くまで、しばらく時間がかかりそうだ。
——こうして、俺の心臓にはまたしても余計な負担がかかることになったのだった。
ようやく冷静さを取り戻した頃、俺たちは洞窟の探索を再開した。先ほどの「事件」について、ナヒーダはもう触れないようにしているが、時折こちらをちらりと見ては、くすくすと笑っている。完全に楽しんでいるようだ。
「先を急ごう。まだ死域が残っているんだろ?」
話題を変えようと、俺は前を向いて歩き出した。ナヒーダもそれに従って歩き始める。
洞窟内を進んでいると、通路が少し広くなり、天井も高くなった。壁面には光るコケが生え、わずかな明かりを提供している。周囲には、これまで見たことのない種類の植物がいくつか生えていた。
ナヒーダがそれらの植物に興味を示し、観察を始めた。彼女は少し高い岩棚に登り、そこに生えている植物を詳しく調べている。草神らしい好奇心だ。
「旅人、見て。こんなところに珍しい植物が……」
彼女は熱心に植物の葉を指でなぞりながら説明している。その姿は、からかいをする時とは別の、純粋な知性と神としての一面を見せていた。
そんなナヒーダの話に聞き入っていると、突然——
「あっ!」
彼女の足元が突然崩れ、バランスを失ったナヒーダがふわりと宙に舞う。岩棚の一部が崩れたのだ。
「ナヒーダ!」
思考する余裕もなく、俺の体は反射的に動いていた。急いで駆け寄り、落下するナヒーダの下で両腕を広げる。
彼女の体が、俺の腕の中に収まった。衝撃を和らげようと踏ん張るが、思ったよりも軽くてバランスを崩しそうになる。それでも何とか体勢を保ち、安全に受け止めることができた。
「……っ!」
気づけば、俺はナヒーダをしっかりと抱きかかえていた。彼女の体重を両腕で支え、顔を近くで見つめる形になっている。
——お姫様抱っこ、というやつだ。
「……」
「……」
互いに無言のまま見つめ合う。ナヒーダの体温が腕を通じて伝わり、そしてほんのりと香る草木の匂いが意識をさらに揺さぶる。彼女の髪が、わずかに俺の腕に触れ、その感触がくすぐったい。
先ほどの「壁ドン」に続き、またしても予想外の密着シーンが発生してしまった。今度は完全に俺からのアクションだが、これも偶発的なものだ。
「だ、大丈夫か……?」
俺がぎこちなく声をかけると、ナヒーダは目を瞬かせ、ふっと微笑んだ。わずかな沈黙の後の質問に、彼女の表情が柔らかくなる。
「ええ、ありがとう。あなたって、意外と頼りになるのね」
素直な感謝の言葉に、少し照れくさくなる。今までのからかいとは違い、これは純粋な彼女の気持ちのようだ。
(頼りになるって……そういう問題じゃないだろ!)
とはいえ、この状況が続くことに動揺はある。心臓の鼓動がやたらとうるさく感じる。早くこの状況を解消しなければ——と思い、彼女をそっと下ろそうとする。
「ほら、もう歩けるだろ……?」
そう言いながら腕を緩めると、予想外のことが起きた。ナヒーダが俺の肩を軽くつかみ、いたずらっぽく微笑んだのだ。
「ねえ、旅人」
彼女の声音が変わる。少し甘い、誘うような調子だ。以前から何度も聞いた、からかいモードの声だ。
「……な、なんだよ……?」
警戒しながら応じる。ここから何が来るのか、予測がつかない。
「このまま運んでくれないかしら?」
予想外の要求に、俺は思わず声を上げた。
「……はぁ!?」
思わず声が裏返る。彼女の顔には明らかな悪戯心が浮かんでいた。ほんの少し前まで真剣だった表情が、再びからかいモードに戻っている。
「お姫様抱っこって、とても快適なのよ。ほら、ふわふわしてるし、包まれてる感じがして安心できるわ」
そう言いながら、彼女は俺の肩にしっかりと腕を回す。降ろされないようにしているようだ。
「……そりゃあ、そうかもしれないけど……」
確かに、彼女の言い分は理解できる。誰かに抱きかかえられる安心感は、特別なものかもしれない。しかし、この状況で続けるのは…。
「それに、あなたの腕の中、意外と心地いいのよ?」
「っ!?」
その言葉に、思わず息を呑む。ナヒーダが上目遣いでこちらを見つめる。その視線があまりにも無邪気で、なのにどこか意図的なものを感じて、俺は一気に顔が熱くなった。
「い、いやいやいや! 自分で歩けるだろ!」
慌てて彼女を下ろそうとするが、ナヒーダは俺の胸に軽く額を押し当て、抵抗する。
「だって、この方が楽だもの」
甘えた声を出す彼女に、どう対応していいのか分からなくなる。普段は冷静で知性的な彼女が、こんな風に甘えてくるのは珍しい。もちろん、これもからかいの一環だろうが…。
(ぐっ……ナヒーダめ、また俺をからかって……!)
思わず口を開きかけたが、彼女の体重を改めて感じると、意外と負担にはなっていないことに気づく。小柄な体つきの彼女は、予想以上に軽い。
それに…この状況、嫌というほど恥ずかしいが、嫌悪感はない。むしろ、彼女を守るように抱えている感覚に、不思議な安心感すら覚える。
「……次の休憩ポイントまで、だからな!」
しぶしぶそう告げると、ナヒーダは「ふふっ、ありがとう」と満足げに微笑んだ。
——この状況、誰がどう見ても俺がナヒーダを甘やかしているようにしか見えない。だが、彼女の嬉しそうな顔を見てしまうと、強く否定できなくなる自分が情けない。
(はぁ……ナヒーダのペースにハマるの、何回目だよ……)
ため息をつきながら、俺はお姫様抱っこのまま、慎重に歩き始めた。
洞窟の中を歩きながら、ナヒーダを抱えている状況に、徐々に慣れていく。最初は緊張していたが、彼女の体重は本当に軽く、思ったほどの負担ではなかった。
ナヒーダは時折、周囲の植物や岩の様子を指差しながら解説してくれる。まるでガイドのように、洞窟の特徴について話す姿は、知恵の神としての一面だ。彼女の興味は尽きることがなく、様々な知識を披露してくれる。
「ねえ、この洞窟の形成過程について知ってる? 実はスメールの地下水脈が…」
彼女の話を聞きながら、俺は歩を進める。その声色は落ち着いていて、先ほどまでのからかう調子は消えている。まるで別人のように、真摯に知識を共有しようとする姿勢だ。
そんな彼女の二面性も、不思議と魅力的に感じる。
「…なるほどな」
俺が相槌を打つと、ナヒーダは満足げに微笑む。彼女が楽しそうにしているのを見ると、この状況も悪くないと思えてくる。
しばらく歩いていると、洞窟が少し広がり、小さな休憩ポイントのような場所に出た。周囲には大きめのキノコが生え、天井からは光るコケが垂れ下がり、程よい明るさがある。
「約束通り、ここで下ろすぞ」
俺は慎重にナヒーダを地面に降ろした。彼女は軽く跳ねるように着地し、衣服を整える。
「ありがとう、旅人。とても楽だったわ」
彼女の素直な感謝に、少し照れくさくなる。
「別に…大したことじゃない」
謙遜しながらも、どこか達成感のようなものを感じる。彼女を無事に運び、喜んでもらえたことに、不思議な満足感があった。
「でも、私にとっては特別なことよ」
ナヒーダの言葉に、思わず顔を上げる。彼女の表情は柔らかく、どこか真剣だ。
「神として長い時間を過ごしてきたけれど、誰かに抱えられるなんて経験、あまりないもの」
その言葉に、少し驚く。魔神であり、草神であるナヒーダは、確かに人間とは違う存在だ。彼女の人生において、「誰かに守られる」という経験は多くないのかもしれない。
「そうか…」
俺は少し考え込む。彼女のからかいの裏には、もしかしたら別の意図が隠れているのかもしれない。
「それに、あなたの腕の中は本当に居心地が良かったわ。安心感があって…」
彼女の言葉が途切れる。少し恥ずかしそうな表情を見せたかと思うと、すぐにいつもの悪戯っぽい笑みに戻った。
「また機会があったら、お願いするわね?」
そう言って、彼女はくすくすと笑い始めた。
「まったく…」
呆れながらも、俺は少し微笑む。ナヒーダの二面性は、彼女の魅力の一つなのかもしれない。
休憩を終え、二人は再び洞窟の奥へと歩み始めた。互いの距離は、以前よりも少し近くなっているように感じる。「壁ドン」と「お姫様抱っこ」の偶発的な二つの出来事は、確かに二人の関係に何かしらの変化をもたらしたようだ。
それが何なのか、まだ明確には分からない。ただ、この探索が終わる頃には、もう少し理解できるかもしれない。そんな予感を抱きながら、俺たちは洞窟の奥へと進んでいった。