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【原神】からかい上手のナヒーダさん #04 - 妹キャラ【二次創作小説】

 
挿絵


手を繋いだまま、二人は洞窟の奥深くへと歩みを進めていた。キノコの放つ淡い光が足元を照らし、幻想的な雰囲気を作り出している。先ほどのぬかるみも無事に通過し、今は少し乾いた道になっていた。

 ふと、もう手を離しても良いのではないかと思った俺は、ナヒーダの手をそっと緩めかけた。足元も見やすくなったし、もはや安全のために手を繋ぐ必要性は薄れている。しかも少し落ち着いてくると、ますます手を繋いでいる状況が妙に意識されてしまう。

 だが、そんな俺の考えを見透かしたかのように、ナヒーダが唐突に質問を投げかけてきた。

「ねえ、旅人。あなたの妹さんって、どんな人なの?」

 思いもよらない問いかけに、手を放す動きが止まった。洞窟の奥深くで妹の話を持ち出すとは。どんな展開だろうと一瞬警戒したが、彼女の瞳には純粋な好奇心が宿っているようだった。

「え? 俺の妹?」

 妹のことを考えると、ふと胸が温かくなる。旅の目的である彼女との再会を、今も強く願い続けている。長い間会えていないとはいえ、その記憶はいつも鮮明だった。

「まあ、頑固なとこもあるけど、すごく優しくて頼りになるんだ……」

 少し懐かしむような口調で答えると、ナヒーダは興味深そうに聞き入っていた。

「彼女はね、何があっても諦めない強さを持ってる。いつも俺のことを気にかけてくれて、まるで俺が弟みたいな感じなんだ」

 自分でも驚くほど饒舌に妹のことを語る自分に、少し照れくさくなる。それでもどこか嬉しい気持ちがあったのも確かだ。

「へえ、いいわね」

 ナヒーダはしばし考えるような表情を浮かべた後、不意に微笑んだ。

「じゃあ、今日一日だけ私があなたの妹になってあげましょうか?」

「はあ? 何言って……」

 予想外の提案に、思わず言葉に詰まる。彼女がどういう意図でそんなことを言い出したのか、まったく理解できなかった。

「お、おい、ちょっと待て!」

 ナヒーダはにっこり笑うと、まるで長年の約束を実行するかのように、手を離した後、勢いよく俺の腕にしがみついた。しかも声色まで変えて、まるで本当の妹のように「お兄ちゃん!」なんて言うもんだから、血圧が急上昇した気がする。

「わわっ、だから急に……離れろって!」

 慌てて腕を引こうとするが、ナヒーダの力は予想以上に強く、簡単には振り解けない。その一方で、彼女の温かさが直に伝わってきて、体がこわばるのを感じた。

「照れているの? 妹ってこういう感じかなと思ったんだけれど、違うかしら?」

 彼女は完全に役になりきっていて、瞳には無邪気さが宿っている。だが彼女の草神らしからぬ行動に、俺は戸惑いを隠せなかった。

「全然違うし……つーか、こんなふうに甘える妹とか、絶対おかしいだろ……」

 内心(俺の妹はもっと健気というか、気丈というか……とにかく、こんなにべったりとくっつくタイプじゃないんだ!)と叫びながらも、妙な状況に言葉がうまく出てこない。

「そう? 私はけっこう気に入っているのだけれど。ほら、お兄ちゃん、ちゃんと支えて?」

「お前……!」

 ナヒーダが腕にぎゅっとしがみつくたびに、俺の心臓は暴れまわる。彼女はまるで小動物のように無邪気な表情で、俺の反応を楽しんでいるかのようだ。さっきの手繋ぎといい、今回の妹キャラといい、この状況に居心地の悪さを感じてきた。

「ほら、顔赤くなってるわよ? どうしたの、お兄ちゃん」

 さらに追い打ちをかけるような言葉。もうこれ以上の混乱はご免だ。一気に力を込めて、ナヒーダの腕をはずした。

「もういい加減にしてくれよ! なんでこんなことするんだ?」

 少し強い口調になってしまったが、もうこれ以上翻弄されるのは勘弁してほしかった。ナヒーダは驚いたような表情を見せた後、ゆっくりと腕を下ろした。

「……何を怒っているの?」

「怒ってるんじゃない。ただ、理由が知りたいんだ」

 落ち着いた声で尋ねると、ナヒーダはわずかに俯き、少し間を置いてから答えた。

「最近、稲妻から輸入された娯楽小説を読んだの」

「……小説?」

「ええ。稲妻が鎖国を解除してから、様々な書物がスメールに入ってきているのよ。その中に『お兄ちゃん大好き!甘えん坊妹の冒険日記』というものがあって……」

 ナヒーダは少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

「私、本当の兄妹関係を知らないから、ついつい興味を持ってしまって。そこに描かれていた妹は、兄に甘えたり、腕にしがみついたりしていたのよ」

 彼女の話を聞いて、俺はため息をついた。稲妻の娯楽小説、それも極端な設定のものを参考にしていたとは。確かに彼女は500年もの間、世界樹に縛られていたのだ。兄妹の関係性を直接知る機会なんてなかっただろう。

 それを思うと、少し可哀想にさえ感じてくる。だが、だからといって俺の妹を勝手にイメージされるのは心地良くない。

「そんな小説通りの妹なんて、現実にはほとんどいないぞ。少なくとも、俺の妹はそうじゃない」

 真剣な口調で言うと、ナヒーダの表情が一瞬、曇ったように見えた。彼女は何も言わず、ただ俯いたままだった。

 緊張感が漂う中、ナヒーダの小さな肩が微かに震えているのに気づいた。まさか、泣いているのではないだろうか。少し厳しく言い過ぎたかもしれないと後悔が湧いてくる。

「あ、あの……ナヒーダ?」

 心配になって近づくと、ナヒーダがゆっくりと顔を上げた。予想に反して、彼女の瞳には涙の代わりに小さな光が宿っていた。

「あなたの妹さんへの想いは本物ね」

 静かな声でそう言うと、彼女は穏やかに微笑んだ。

「本当の兄妹がどういうものか知りたくて、少し試してみたの。もし、あなたが私の演技に合わせて調子を合わせるようなら、妹さんへの想いも本物ではないんじゃないかって……」

「え? つまり、これは試験だったのか?」

 驚きのあまり、言葉が出てこない。彼女の真意を測りかねて、思わず戸惑いの表情を浮かべる。

「試験というより、『確認』かしら」

 ナヒーダは少し考えるように頭を傾けた。

「あなたが妹さんのことを話すとき、その目は本当に優しくなるの。だから興味が湧いて、純粋な気持ちかどうか、ちょっと試したくなったの」

 彼女の言葉に、なんとも言えない感情が湧き上がる。草神という立場でありながら、こんなにも人間的な好奇心を持っているのだと知って、少し意外に思った。

「ごめんなさい、気に障ったなら」

 ナヒーダが素直に謝罪すると、俺の中の緊張も少しずつ解けていった。

「まあ……わかったよ。でも、もうこんなことしないでくれ。妹のことは俺にとって大切な記憶なんだ」

「約束するわ。本物の妹を大切にする気持ち、よく伝わったわ」

 彼女の言葉は誠実そのものだった。草神としての威厳よりも、一人の人間として対話を求める彼女の姿に、少し心を打たれる。

 しばらく沈黙が流れた後、ナヒーダが再び口を開いた。

「でも、あなたの反応は面白かったわ。特に、顔が真っ赤になったときなんて」

「……っ!」

 また調子に乗り始めたな、と思ったものの、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、怒りを維持するのは難しかった。

「まったく……」

 呆れたように呟きつつも、心のどこかで緊張が解けていくのを感じた。ナヒーダの好奇心旺盛な一面は、ときに人を翻弄するが、それも彼女の個性の一つなのだろう。

「さて、先に進みましょうか」

 ナヒーダは再び前を向き、歩き始めた。俺もそれに続く。落ち着いた足取りで、互いに少し距離を置きながら並んで歩く二人。

「ところで」

 しばらく無言で歩いていると、ナヒーダが再び話しかけてきた。

「あなたがお話していた妹さん、本当に素敵な人ね。できれば、いつか会ってみたいわ」

 その言葉に、心がほんの少し温かくなる。妹との再会は俺の旅の目的でもあり、いつか必ず叶えたい願いだ。

「ああ、きっといつか会える時が来るさ」

 そう言って微笑むと、ナヒーダも柔らかな笑顔を返してくれた。

「ナヒーダ」

「なに?」

「さっきの……妹キャラ、あれって本当に稲妻の小説からの着想だけなのか?」

 ふと湧いてきた疑問を口にする。ナヒーダは少し考えるような素振りを見せた後、不思議そうに首を傾げた。

「もちろん。他に何があるの?」

「いや、なんか俺を翻弄するのが目的だったような気がして……」

 言いかけて、俺は言葉を切った。彼女の瞳には、本当に純粋な疑問が浮かんでいたからだ。

「翻弄? そんなつもりはなかったわ。ただ、兄妹の関係性を知りたかっただけよ」

 信じるべきか迷いながらも、その瞳に嘘はなさそうだと感じた。

「……わかった。信じるよ」

 そう言うと、ナヒーダは満足そうに頷いた。

「でも、あなたの恥ずかしそうな顔は本当に面白かったわ」

「おい!」

 思わず声を上げてしまうと、彼女はくすくすと笑い声を漏らした。結局、翻弄されることに変わりはないようだ。

 そんな会話を交わしながら、二人は再び洞窟の奥へと足を進めていく。互いの距離は少し前よりも縮まって、時折肩が触れ合うほどになっていた。ナヒーダの柔らかな笑顔を横目に見つつ、俺はため息交じりに笑みを浮かべた。

 妹のことを尋ねてきたナヒーダの真意が何であれ、彼女と過ごす時間は決して退屈ではない。それどころか、彼女の存在は俺の旅に新たな彩りを加えてくれているようにさえ感じる。

 こうして妹キャラ(?)を満喫しているナヒーダに翻弄されながら、俺たちは洞窟の奥へと向かっていった。先にはどんなハプニングが待ち構えているのか、考えるだけで頭が痛くなる。

 内心で「一体どうなってるんだ」と連続ツッコミを入れながらも、妙な安心感を覚えてしまうのは、きっと彼女が草神という存在だからなのだろう。…いや、そんな理由じゃないのかもしれない。

 俺たちの足音が、静かな洞窟に響き続けていた。

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