プロローグ
カタカタと不規則なタイピング音が、狭い洋室に響く。
作業用BGMとして聴いているアニメの挿入歌も耳に入らないほど、あたしは小説の執筆に集中していた。
白い部屋の奥には、茶色のクローゼットと本棚。廊下から見て左手にシングルベッド、右手には机と椅子が置かれている。
机の上は、図書館や本屋、ネット通販で手に入れた歴史の本が山積みになっていた。これまで趣味や資料として、読み漁ってきたものだ。
よし、執筆完了……!
書き上げたばかりのエピローグを小説投稿サイトで公開し、イヤホンを外して椅子に背中を預ける。
しばらく放置すると、自動的に消えたパソコンの画面と入れ替わるように、自分の顔が映った。
胸まである内巻きのロングウルフと、大人っぽい顔に施したメイク。だけど身長は、中学生の時から変わっていない。
「――
美しいアルトの声と共にミルクココアの甘い香りが漂い、あたしはドアの方に顔を向けた。
入ってきたのは、湯気の立つ黄色いマグカップを持った美青年。高校時代から付き合っている、あたしの恋人だ。
切り揃えられた艶やかな黒髪と透き通るように白い肌、二重の大きな目を縁取る長い睫毛。ピンクの可愛らしいワンピースが、華奢な体を包んでいる。
違和感など全くない、完璧すぎる女装。性別を見分けるポイントといえば、小さな喉仏くらいだろうか?
「わ……! ありがとう……!」
気を利かせてくれる彼にお礼を言いながら、黄色いマグカップを両手で受け取る。
「頑張ってね」
女優顔負けの笑顔で手を振り、部屋を出ていく彼。
ふと高校時代を思い出し、ココアを一口飲んでから本棚の前に足を運ぶ。そして、本棚の端にある長編小説を手に取った。
『涙色の
書籍化もされ、あたしは本名から1文字取った「
彼らと過ごした非日常を綴った小説が、まさかこんなに反響を呼ぶなんて。
実体験を元に書いていることを公表すれば、きっとマスコミの取材が後を絶たない。
だから、それはあたしと彼、そして……
今も鮮明に想い出す、彼と初めて出逢った日のことを。
彼と出逢ったのは――源平、戦国、幕末の歴史人物が