第150話 悪夢からの目覚め
「痛み?何だったんだ?」
誠は目を覚ました。ベッドから転げ落ちていつもプラモデルを作っている机の脚に額がぶつかっていた。そして足元に人の気配がしたのでそちらを寝ぼけた視線で見つめた。
「凄い音がしたぞ、大丈夫か?裸で寝るのが習慣の西園寺じゃあるまいし。そんな格好でいたら風邪を引くぞ」
緑の髪の女性に視線を合わせた。ドアから顔をのぞかせたカウラがそのまま上体を持ち上げようとする誠のそばに座った。
「ああ、カウラさん。おはようございます」
誠はまだ悪夢の恐怖から解放されず、寝ぼけることもできずにカウラに神経を集中させた。
「とっとと顔を洗え。それといくら昨日は疲れていたとはいえ鍵は閉めておくものだぞ」
そう言ってカウラはドアの外に消えていった。それを呆然と見守りながら誠は先ほどの夢を思い出していた。
昨日の同盟本部ビルの前で画面の向こう側で膨張した肉片と化した少女。恐らくは嵯峨やラン、そして島田が持っている法術再生能力の暴走がその原因であることは理解していた。本来は意識でコントロールしている体組織の安定が損なわれたことがあの巨大な肉塊となった原因だった。そしてその能力は誠には無かった。
自分には無縁な能力とは言え、あの光景を見せられた気の弱い誠にはその衝撃を忘れることはできなかった。ヤンキーで強気なだけが取り柄で記憶力と無縁な島田ならたとえ自分に与えられた能力だとは言っても昨日は熟睡できたかもしれない。しかし、誠にはそのような強い精神の持ち合わせは無かった。
「でもなあ!」
自分にはありえない事故だとしても、もしかして……。そう思うと夢の中の体が崩壊していく感覚を思い出した。誠はそのまま布団の上にドスンと体を投げた。
カウラが去ったドアを見ながらしばらく誠は呆然と部屋を見渡した。額を流れる脂汗。寒い部屋とは思えないその量を見て苦笑いを浮かべるとそのまま二度寝に入った。
「なによ、まだ寝てるの?」
意識が消えかけたところで今度はアメリアの声が耳元でした。誠は驚いて飛び起きた。そんな誠をジャージ姿で見守っているアメリアはシャワーを浴びたばかりのようで石鹸の香りがやわらかく誠を包み込んでいた。
「起きてますよ」
そう言って誠は再び体を起こす。アメリアはタオルで巻いた紺色の長い髪に手をやりながら誠の机の上の書きかけのイラストに目をやった。
「ああ、今回のライブは誠ちゃんはお手伝いはしなくていいんだったわね。今回はイラストで売るのは抜きでネタで勝負したいから。お笑いはなんと言ってもネタとタイミングよ」
突然そんなことを言いながらアメリアは今度は本棚に向かった。そこには堂々と18禁同人誌が並んでいるが、同じものをコンプリートしているアメリアはさっと見ただけでそのままドアに戻っていった。
「なんだか寝ぼけた顔ね、シャワー浴びた方が良いんじゃないの?今ならまだ朝早いから空いてるわよ」
そう言ってアメリアが何事も無かったかのように部屋から消える。目が冴えてきた誠は立ち上がると押入れの中の収納ボックスから下着を取り出した。
「おい!元気か……って。寒いからって爺さんみたいに腰を曲げやがって!」
今度は朝からかなめの高いテンションの声が響く。下着とタオルを手にして誠が立ち上がった。
「おう、シャワーか?今なら空いてるぞ」
「知ってます」
そう言うとそのまま誠はドアに向かう。
「なんだよ、妙に暗いじゃねえか」
廊下に出てもかなめは珍しく誠に張り付いている。不安な部下に対するというより元気の無い弟を見守るような表情でかなめは階段を下りる誠についてくる。
「あのー」
シャワー室の前の廊下で誠が振り返るとかなめは真っ赤な顔をしていた。
「分かってるよ!早く飯食わねえと置いてくぞ!それが言いたかっただけだからな!」
そう言ってかなめは食堂に向かう。誠は彼女がちらちらと振り向いているのを確認した後シャワー室に入った。服を脱ぎ終えて誠はシャワーを浴びた。まだ夢の続きのように全身に力が入らないような気分が続いていた。