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第145話 司法局本局で出された蕎麦

「ずいぶんとまー……そのなんだ。いつ来ても思うけど……ここ、広すぎじゃねーのか?渉外部本部長ってそんなに資料とか要るわけじゃねーだろうが。税金の無駄遣いだぞ」 

 同盟司法局ビルの最上階。司法局渉外部本部長室に足を踏み入れたランがそう言うのに合わせて、誠やカウラは嵯峨の司法局実働部隊隊長室とその広さを比べて辺りを見渡した。司法局実働部隊本部の事務スペースすらこの部屋ですべてまかなえる広さに彼等は圧倒された。

 自分達が工場の旧事務所棟を改装した本部の狭い事務所に押し込められて日常業務に当たっているのに比べて、本局のオフィスの環境は天と地ほどの差があった。ただ、毎日本局の幹部の顔色を伺って過ごす日々よりも、古く汚い事務所で気楽に日常を送ることの方がよっぽどマシなんだとここに居る全員が思っていた。

「これはクラウゼ中佐!遠いところわざわざすいません。さ、座ってください」 

 応接セットに腰掛けていたこの部屋の主、ラン達を呼び出した本人であるこの部屋の主、渉外本部長の明石清海中佐が立ち上がって敬礼した。テーブルの上には山盛りのもり蕎麦が置いてあった。先に到着していた茜の班のうちサラと島田以外が旨そうにそれを啜っていた。特にアメリアはかなめに見せ付けるようにして蕎麦を啜っていた。

「蕎麦なんかが置いてあるってことは、叔父貴が来たのか?あの暇人。蕎麦打ちしてる暇が有ったら情報の一つもよこせって言うんだ」 

 茜に声をかけたかなめが静かに頷くラーナを見つけると、そのままずかずかとランを追い越してどっかりとソファーに腰掛けた。

「そういうこと。かなりたくさんいただいたからもうすぐ新しいのを島田君達が持ってくるわよ。『駄目人間』がする数少ない生産的な趣味ですもの。こちらも楽しんでいただきましょうよ」 

 そう言ってアメリアは蕎麦をめんつゆにたっぷりとつけた。

「オメエは蕎麦の食い方知らねえな?蕎麦のめんつゆってもんはそんなにべちょべちょつけるもんじゃねえんだ。ちょっとつけてさっと啜る。それが蕎麦の正しい食い方だ」

 かなめは伝統文化に拘る甲武出身らしく江戸前のそばの食べ方をアメリアに伝授した。 

「いいでしょ、別に。私は私の好きに食べたいんだから。こっちの方が味が染みておいしいの。それに落語にもあるわよ『死ぬ前にたっぷりつゆをつけて蕎麦が食べたかった』って言って死ぬ蕎麦食いの話。かなめちゃんもそのうち分かるようになるんじゃないの?」 

 いつものようにアメリアに突っかかるかなめに苦笑いを浮かべながらランは明石に上座を譲られて腰を下ろした。

 気を利かせたラーナがめんつゆを用意して、あわせるように茜が箸を配り始めた。

「で、明石。隊長が来た理由はなんだ?」 

 麺つゆにたっぷりとねぎを入れながらランが明石の大きな禿頭を見上げた。

「ええとまあ……何からいうたらええのんかよう分からんのやけどなあ」 

 スキンヘッドをさすりながら二メートルを超える大男の明石はどう言ったら良いか困ったような表情で口ごもった。

「とりあえず東都警察とのこれからの情報交換の窓口は私が勤めることになりましたわ。細かい話は別として権限はすべて山岳レンジャーから我々に戻りました。もう遠慮する必要はありません」 

 麺つゆを置いた茜の言葉にランは頷いた。隣では明らかに多すぎる量のわさびを麺つゆに入れるかなめの姿が見えた。

「おい、西園寺。さすがにそれはつけすぎだろ?辛くならないか?」 

「いいだろ?アタシがどう食おうが……ってさっきアタシが言ったことと矛盾してるか。まあいいや。ライラ達遼帝国山岳レンジャーからアタシ等にすべての捜査権限が戻ったってことは自由に暴れて良いってことだ。とりあえず力をつけるぞ」 

 そう言ってめんつゆに蕎麦を軽くつけたかなめだが、そこにわさびの塊がついていたらしく一気に顔をしかめて咳を始めた。

「あせらんでもええんやで。今、島田が茹でとるさかいそないな食い方せんで……」 

「うるせえタコ!」 

 一言明石を怒鳴りつけるがまだ口の中にわさびが残っていたようでかなめは目をつぶって下を向いていた。

「例のデモンストレーションのおかげでようやく危機感を感じた東都警察も全面協力してくれるそーだから捜査の人手が足りない問題はこれで解決したと。で、もう一度聞くけどあのおっさんはなんか言って無かったか?」 

 一口嵯峨が打った手打ち蕎麦を味わった後、麺つゆをテーブルに置いたランは一気に蕎麦を口に流し込むようにして食べる明石を見上げた。

 口についた汁を拭った後、明石は静かに口を開いた。

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