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第140話 招かれざる客

 突然ドアをノックする音に気づいて志村は机の引き出しから拳銃を取り出した。この時間に客が尋ねてくる予定はなかった。そうなれば官憲か三郎の事を逆恨みした同業者のやくざ者か何かだろう。三郎は相手の身元をそんなものだと決めてかかっていた。

「開いてるぞ!」 

 怒鳴った志村の視線の先には三郎が思い描いた中では同業者が雇った殺し屋に近い男が立っていた。その男の目は死んだような色をしており、コートの男を着て借りそろえられた神の下の顔には深い皺が刻まれていた。良く見ればその男の腰には日本刀が下がっていた。無法地帯といわれる東都租界でもそんな姿で外を歩けばすぐに身柄を確保されるだろうと呆れながら志村は背広の下に拳銃を隠したまま安全装置を解除した。

「お前が志村三郎か?」 

 死んだ目の男の目に一瞬だけ生気が戻った。だが、すぐによどんだ瞳が軽蔑しているように志村を射抜いた。この男は三郎が予想した中では典型的な殺し屋と言う感じの人種だった。だが、殺し屋にしては今時日本刀を抱えて現れると言うのはあまりに出来すぎていた。そのことに三郎は思わず苦笑を浮かべていた。

「何者だ?あんたは?どこかの組織の派遣した殺し屋か?それにしても今時名前を聞いてから日本刀で斬り殺すなんて時代遅れだぜ。あんた最近よく見かける甲武浪人だろ?西園寺内閣になってから、あそこの士族は失業者の群れに成り下がった。仕事が欲しいのか?何なら世話してやってもいいぜ」 

 目の前の男が相当殺し合いの場数を踏んだ人間だということはこの租界で人の目をしのばなければならない仕事をしている人間にならすぐに分かることだった。黙っているこの男がその事務的に殺人をこなしてきたと言うような雰囲気から三郎は厚生局関係者が派遣した殺し屋に違いないと思うようになっていた。

「お前は知る必要は無い。お前の役割はもう終わった。お前にとっていいニュースなのはお前の取引先の厚生局の役人達の役割ももう終わったことくらいか?良かったな。一緒に地獄で酒盛りでもするがいい」 

 男の話からして三郎の読みは外れていた様だった。恐らくは厚生局が作り上げた化け物を倒した三人の法術師を派遣した組織の関係者だろう。三郎は直感的にそう感じた。男は身構えている三郎を無視してそのまま背を向けて戸棚においてある洋酒に手を伸ばした。ここでこの男の後頭部を銃で撃てばこの男がこれから話すであろう後戻りできない商談から逃れられる。そう思う一方で、もはやこの男だけが自分を救うのではないかとの迷いも浮かんだ。少なくともこの男は厚生局の役人の敵だった。敵の敵は味方。それがこの街の摂理だった。

「いい酒がそろっているな。俺はどちらかと言うと焼酎派なんだけどな」 

 男はそう言いながら手に最高級のウィスキーの瓶と二つのグラスを持って応接用のテーブルに腰掛けた。それを見て志村は先ほど気の迷いで西園寺かなめに連絡を取ったことを思い出して少しばかり自嘲的な笑みを浮かべながら死神のような男の所へと歩み寄っていった。

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