第116話 遼帝国がうどんの国になった理由
遼大陸南部には地球人の入植が湾岸部のみでしか行われず、第一次遼州戦争と呼ばれる遼州独立戦争の後に遼州原住民族が独立して遼帝国と言う国を建てた。多くの物産が地球から持ち込まれたうち、うどんこそが彼等を魅了する食材となった。遼南は高度の技術を誇る遼南の焼き畑農業により良質の小麦を生産することで知られ、その小麦粉から作ったうどんの腰は地球のそれを上回るとして宇宙に名をとどろかせるものだった。
第二次遼州戦争でも『祖国同盟』として戦った遼帝国は宇宙でうどんをゆでて水が不足し降伏した軍艦の噂や、うどんを同盟国である甲武やゲルパルトに取り上げられて寝返った部隊があるという噂で知られるほどうどんを愛する国民性だった。
そして中でも伝説とされるのが『うどん戦争』と呼ばれた遼南内戦の最後の戦い『東海侵攻作戦』が有名だった。
先の大戦後の遼南内戦に勝利した人民政府をクーデターで倒し、遼南の全権を握った遼の献帝は甲武への再編入を求める東海州の軍閥花山院家を攻撃した。だが戦線が膠着すると見るや前線基地で一斉にうどんを茹でるという奇妙な行動に出た。帝国軍が長期戦を覚悟したと勘違いした花山院軍を、献帝が直接指揮する特殊部隊で首都に潜入、奇襲によってこれを打ち破ったという話は誠も訓練校の座学で聞いていた。
遼人三人集まればうどんを食べる。そう言われるほどうどんは遼の国民食だった。
「でもランちゃんの薦めるうどん屋って興味深いわね」
完全にお客さん体質になっているアメリアが微笑んでいる。
「トッピングは選べるのかしら?」
「あれっすよ、嵯峨捜査官。手打ちうどんの店がこの前……」
「なんだ?ラーナは行ったことあるのかよ」
茜の助手らしく情報をまとめてみせるラーナの言葉にランが少し不満そうな顔をする。
「へへへ……すいません……アタシもうどんには目が無いんで」
「そう言えばラーナちゃんも遼帝国でしょ?」
アメリアの質問に靴を履き終えてラーナは恥ずかしげにうつむく。
「私は山育ちですけど実家で結構打つんで……週に一度は食べてました」
その言葉にアメリアとカウラとかなめの顔が一瞬とろけそうになるのを誠は見逃さなかった。
そう言って駆け出すランの姿に萌えた誠を白い目で見ている紺色の長い髪があった。
「誠ちゃん。実はロリコンだったの?」
そう言いながら声の主のアメリアはなぜか端末をいじっていた。
「何する気だ?」
「遼南風のうどんの店ならリーズナブルでしょ?それにうどんは腹持ちがよくないから後で食べるケーキを予約しようと思って」
かなめの問いに答えたアメリアが耳に端末を当てながら玄関を出て階段を下りた。まだロングブーツを履けないでいるサラとそれを見守る島田を残して誠達はそのまま隣の駐車場に向かった。
「おい!お前等の端末に行く先を転送しといたからな!遅れたら自分達で払えよ!」
茜の白いセダンの高級車の脇に立ったランが叫ぶ。誠、かなめ、アメリアの三人はいつも通りカウラの『スカイラインGTR』に乗り込んだ。
「カウラちゃん待っててね」
携帯端末を手に助手席のアメリアが嬉しそうにそう言った。カウラは車のエンジンをかけるとアメリアの端末に映し出された豊川駅南口の近辺の地図を覗き見た。
「私の通ってたパチンコ屋の代わりにできた雑居ビルの中の店か?」
カウラの言葉に誠も自分の端末を地図に切り替えた。司法局実働部隊のたまり場であるお好み焼きの店『月島屋』のある商店街の奥、先日閉店したパチンコ屋の跡にそのうどん屋の情報が載っていた。
「あそこのパチンコ屋……カウラは通ってたんだ。あのパチンコ屋は災難だったなあ。叔父貴の奴。あれは『ゴト師行為』って言って犯罪だぞ。叔父貴はあそこでいくら稼いだんだ?いくら小遣い三万円が足りねえって言ってもやっていいことと悪い事が有るぞ」
噴出すようにかなめがつぶやくのは彼女の意識と接続されている情報を見たからなのだろうと誠は思った。
そのまま『スカイラインGTR』は走り出した。フロントガラスにうどん屋までの行程が映るが、すでに行き先の分かっているカウラはそれを切った。
「トッピング……何にしようかな」
「今から考えるのかよ」
「何?私が何を食べても関係ないでしょ?」
動き出す車の中ですでにかなめとアメリアはうどん屋の話を始めた。苦笑しながらカウラは住宅街の細い道を抜けて大通りに出た。
「そう言えば神前はうどんは好きか?」
加速する車の中、かなめの声に誠は迷った。誠は鰹節派だったが親が鰹節派だったひねくれたかなめが昆布しか認めないなどと言い出す可能性は否定できない。
「西園寺さんはどうなんですか?」
誠は愛想笑いを浮かべながらそう言った。だがアメリアもカウラも助け舟を出すようなそぶりは無かった。
「ああ、私も結構好きだぞ……おふくろが遼帝国の貴族の出だから」
「遼帝国出身なんですか……」
「うどん……おいしいといいわね」
アメリアはそう言ってにっこり微笑んだ。