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第107話 遼南内戦の傷

「仇?隊長が誰かを殺した……ライラさんのお父さんを殺した……」 

 誠のつぶやきにかなめが大きく頷いた。

「そう!このオバサンは遼南内戦で色々あって親父の遼弁(りょうべん)を叔父貴、嵯峨惟基に斬られてるんだ。そこで今、アタシ等の権限を取り上げることでうっぷんを晴らしてるんだ。何が『あの男は遼州圏に必要な男』だ!テメエだってクバルカの姐御を倒すために結成された第二期『特殊な部隊』の隊員として叔父貴の下で戦った女じゃねえか!しかも聞いた話じゃその部隊の中でもひたすら足手まといになり続けてたって話だぞ。それがなんでアタシ等まで目の敵にする!親父を殺された恨みは叔父貴の指揮の下戦ったことで恨みは晴れたんじゃねえのか!」

 かなめは血縁に当たるライラに向けて激しい言葉を吐いた。 

「つまらない話は止めろ!私は私情で貴君等の捜査権限をはく奪したわけではない!これは同盟機構首脳部の決定だ!貴様等に反論の機会は一切無い!」 

 ぴしゃりと言い切るライラだが、明らかにその表情は動揺しているように見えた。 

「西園寺。関係の無い話は止めろ。それにアタシ等は喧嘩をしに来たんじゃねー。それにあの時はアタシを倒すことが出来たライラ達だ。今回もアタシ等の任務を立派に引き継いでくれる。安心して後任に任せよう。用済みになったアタシ等は消え去る。それが軍人の役割ってもんだ」 

 かつてはライラの宿敵だったランの一言でようやくかなめとライラのにらみ合いが終わった。そしてライラは言葉を続けた。

「私の部隊の派遣には同盟機構や東和国防軍の正式な要請によるものだ。それに司法局実働部隊隊長の意見書つきの推薦も得ている。貴君等は司法局本局の信頼も失っている。司法局本局は法術特捜をこの捜査から外すことを決めたんだ。諦めることだ」 

 ライラの言葉に後ろで立っていた茜がひざから崩れ落ちた。

「警部!大丈夫ですか?」 

 ラーナが表情の冴えない茜を支えた。隣ではベストから気付け薬代わりのブランデーの入ったフラスコを取り出すサラの姿もある。

「終わりにしろ?冗談は止めてくださいよ」 

 突然指揮車に乱入してきた足音に車内の全員が振り向いた。そこには真剣な目つきでライラをにらみつけている島田の姿があった。

「正人……」 

 サラが驚いたように視線を島田に向ける。いつもなら薄ら笑いを浮かべて黙りこんでいる島田の強気な姿勢に、かなめもカウラも黙って彼を見つめていた。

「島田准尉。これは上層部の決定だ。もう君達は上層部の信用を失っている。もうすでに貴君等に後は無い。すべて我々に任せて立ち去り給え」

 ライラは相変わらず厳しい表情で自分をにらみつけて来る喧嘩を売るヤンキー独特の姿勢の島田に向き直った。 

「上の連中の言葉に従えって言うわけですか?またまたまた……俺達は『特殊な部隊』ですよ……上の命令なんて知ったことかよ。さっき聞いたが、アンタも以前は『特殊な部隊』と呼ばれる部隊に居たらしいじゃねえの。だったらその流儀。忘れましたなんて言わせねえからな。状況においては臨機応変、上からの命令なんてなんのその、場合によっては手段を選ばねえ。それが『特殊な部隊』の共通のルールだってこの部隊に入った時、隊長から聞かされてますよ。そのルールは昔は違ったんですかね?」 

 ライラの言葉を斬って捨てた島田は平然とランを差し置いてライラと向かい合う席に腰を下ろした。

「それにだ法術系研究施設への取り締まりは司法局実働部隊と法術特捜にのみ許された専権事項のはずだ。一同盟加盟国の司令官の掌中に収めていい事件ではないはずだ。首脳の決定?そんなの知るかよ。一度法律で法術特捜の専権事項と決めたんだったら、その法律を最後まで守れよ。アンタ等上層部の人達も同盟加盟国の首脳も大人だろ?法律は守りましょうって法律を破ってばかりのヤンキーの俺から言われて恥ずかしくねえのか?」 

 そう言って詰め寄る島田を黙ってライラは見つめていた。

「それに今回は多くの東和国の国民が被害にあっているわけだからこそ法術関連事件の捜査経験のある我々が……」 

 ムキになって法術特捜を庇う島田の姿に力を得た茜がなんとかライラに食い下がろうとするが、ライラはあくまで強気だった。

「それは貴様の感情の問題だろ?我々の関知するところではない」 

 ライラは明らかに苛立っているように島田を見つめていた。島田はため息をつくと誠を見つめた。

「そう言えばコイツの護衛を頼んだときは同盟の上層部はだんまりでしたね。あん時は法律に無いからってことで護衛は無しで今回は捜査から違法に外すと来たもんだ。随分と首脳とやらは勝手なもんだ。本当に首脳部の決定なんですか?さっき西園寺さんが言ってたように親父の敵の意趣返しなんじゃ無いですか?」 

 島田は誠を指差してにんまりと笑った。そんな島田の言葉を聞くとようやく振り返って部下に指示をしていたライラが振り向いた。

「それは近藤中佐の決起が予想以上の早さだった為にこちらの準備が整わなかった事情がある。あと、北川公平については情報が東和警察公安局が独占していたため、同盟軍事機構は知ることが出来なかった。どちらもそれなりの理由があった」 

 ライラは島田のヤンキーらしい恫喝にも一切心動かされること無くそう言い切った。

「そんな言い訳聞きたいわけじゃないですよ。だったらなぜ今回動くんですか?隊長からの出動要請は前回もあったはずだ。それを今回は動いて前回は無視。何か上層部で……」 

「黙りたまえ!」 

 島田の言葉にライラはようやく感情的に反応した。だがそれを見てこの捜査の責任者である茜が立ち上がった。少しばかり青い顔で黙っていた茜はようやく状況が頭の中で整理できたというように凛として立ち上がった。

「ライラお姉さま。同盟からの指示が何かは私は存じ上げませんわ。そちらの捜査はご自由にお続けください。ですが私達も捜査は続行します。たとえ同盟司法局が捜査停止を指示してきても私達は動かせていただきますわ。これは私個人の意志です。仕事とか人とかもうそう言う次元の話では無いのです」 

 茜はそう言うとサラに支えられるようにしてそのまま指揮室を出た。

「アイツは見ていると心配だからな。アタシも従うつもりだ。アイツは優等生だからガラスのハートだからな。ついててやらねえと従姉として不安なんだ」 

 かなめの宣言にカウラとアメリアはライラを一瞥して指揮車を出て行った。取り残されたというように一人立ち尽くしていたラーナもライラに敬礼して出て行った。

「神前曹長。あなたはどうされるおつもりですか?貴君も茜の私情に付き合うつもりか?」 

 腹を立てていてもおかしくない状況だがライラは朗らかな笑みを浮かべていた。

「僕もこの事件は最後までつき合わせてもらうつもりです!茜さんは法術の訓練でお世話になっています!その恩を返したいんです!」 

 そう言い切る誠に満足げな表情でライラは頷いた。それを見ると誠もはじけるようにして指揮車を飛び出した。

「なんだよ、神前。アタシ等に付き合う必要なんて無いんだぜ。これは明らかに命令無視の行為だ。『特殊な部隊』ならではの任務って奴か?」 

 かなめが出口の前に立って笑みを浮かべていた。カウラはすでに端末を開いて遼南軍の情勢を探っていた。

「遼帝国山岳レンジャー部隊。どれほどの実力か見せてもらえるのはありがたいな。逆にこれまで足りなかった人手が増えたと考えればいい。何事も前向きにとらえるんだ」 

 不敵に笑うカウラを見てアメリアは肩をすくめて誠を見つめていた。

「そう言えばリョウ中佐と西園寺さんや警部って……」 

 暗がりの中足早に基地を出ようとするかなめに誠が声をかけた。

「ああ、ライラさんはお父様の姪に当たる方ですわ。つまり私にとっては従姉。かなめさんが義理の従姉なのに対してライラさんは血のつながりのある従姉ですわ」 

 茜の声が冷たい冬の空気に消えた。先ほどショックで貧血を起こしかけたとは思えない厳しい表情が基地のスポットライトを浴びながら輝いて見えた。

「うちの家系は複雑だからな……アタシのお袋の姉ちゃんがライラ姉さんの祖母に当たるんだ。だからさっき茜が言ったのは少し不正確で血縁上はアタシと茜は……又従姉で良いんだっけ?自分で言ってても混乱するくらいだから。結構複雑だろ?」 

 そう言うとかなめはタバコを取り出した。

「今の遼皇帝も本当は自分が行方不明になる前に退位したいと言い出した時には、後にはライラを皇帝の地位にすえるつもりだったらしいぞ。まあ血統順なら別に第一帝位継承者がいるんだが一度は王室を離れて東和の戸籍を持っているということで国内での支持を得られる見込みが無いからな」 

 かなめは茜を一瞥した後吐き出すタバコの煙を吐いた。冬の澄んだ空気の中、ライトに照らされてなびいていた。

「でもな、あの人は見ての通りの頑固者で、結局、行方不明の皇帝陛下がお帰りになる見込みがあるはずだと言って未だに帝位の継承を拒否していやがる。おかげで姿を隠している現皇帝は名目上はいまだに遼帝国の元首だ。まったくあの自分勝手な皇帝陛下にも困ったもんだ」 

 かなめはまるで遼帝国皇帝が知り合いか何かのように苦笑いを浮かべた。誠も彼女に合わせるように笑いを浮かべた。一方タバコの煙を吐きながらかなめがいやらしい笑いを口元に浮かべた。

「本当に頑固だからねえ。ライラの姐御もそんなだから旦那にも逃げられるんだよ」 

「それは関係ないんじゃないですの?」 

 冗談に答える時も茜は真面目な表情を崩さなかった。カウラは二人のやり取りに呆れたような視線を送った後、先頭を歩いて作戦開始地点に止めてあるワゴン車への道を急いだ。

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