第74話 今は無き国の名物
「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」
三郎の誠を見る目はカウラに向けたそれとは違って敵意と軽蔑に満ちていた。誠はそのような目で見つめられた経験があまりないので思わず目を逸らしてしまった。
「そんなんじゃねえよ、ただの同僚だ。注文とるんだろ?アタシはいつもの釜玉だ」
三郎はかなめの顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。
「生醤油うどん」
ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。
「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」
下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。
「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな。それ以前にその臆病ぶり、童貞だろ、兄ちゃん」
ちらりと誠を見て三郎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。カウラは黙っているが、誠もランも三郎がかなめと男女の関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。
「私は……ああ、私はきつねで」
カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めていた。
「僕もきつねで」
「きつね二丁!釜玉に生醤油」
店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三郎は三つのグラスをテーブルに並べる。
「おい、コイツの分はどうした」
明らかに威圧するような調子でかなめは三郎を見つめる。子供じみた嫌がらせに誠はただ苦笑する。
「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね……この店は水はセルフサービスですんで。兄ちゃん、自分でやんな」
その言葉に立ち上がろうとする誠をかなめは止めた。
「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」
かなめがわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。