第69話 悪徳の都と呼ばれる地
「これは……また。ゲットーと呼ぶべきだろうな」
人が多かったマーケットを抜けると、道の両側は倉庫街に変わった。その殺風景な光景を見てそれまで運転に集中しているかのようだったカウラのつぶやきも当然だった。外の港湾地区が崩れた瓦礫の町ならば、コンクリートむき出しの高い貧相なビル群がならぶ租界の倉庫街は刑務所か何かの中のようなありさまだった。
時々、倉庫で働く労働者目当ての屋台が出ているのが分かるが、一体その品物がどこから運び込まれたかなどと言うことは誠にも分からなかった。
「まあアタシもここができてすぐに来たんだけどな。まああのころは何にも無い埋立地に仮設テントとバラックがあるばかりだったな。しかし……こうしてみるとその時代の方がまだましだったかもな。あの頃は武装したマフィアなんて居なかった。とりあえず住民は日々の糧を稼ぐことだけで精いっぱいだった。東和共和国の支援物資なんてたかが知れてるし、まだ密輸品のルートもマフィアが仕切るような秩序もできていなかった。みんなやりたい放題だったが、それだけ自由だった。そっちの方が今の秩序のあるこの街よりマシだ」
そう小声でランがつぶやくのが聞こえた。
「そう言えば、なんで遼南共和国は崩壊したんですか?確かにクバルカ中佐が堕ちたから内戦に負けて遼南共和国は遼帝国に変わりましたけど。逃げてくる必要なんてないじゃないですか。そのまま遼帝国に住めばいいのに」
社会常識ゼロの理系脳の誠の言葉にランはうんざりした顔を見せた。
「まあな、遼南共和軍にいた人間は遼帝国政府樹立で逃げ出すしかなかったんだ。遼南共和国はこの世に有っちゃいけないような悪事の上に成り立っていた地獄の国だった。汚職、虐殺、破壊、殺戮。それが独裁者の意志で好き勝手に行われた国。それが遼南共和国だった。だから遼帝国に居ればそれに関わった罪を問われて殺されるような人間たちがこうしてここに逃げ出してきたわけだ。軍のパイロットの資格持ちで追放の対象だったアタシはまだましな方さ。自力でここにたどり着いた連中が暮らしを立て直そうとしたときには胡散臭い連中がここに街を作って魔窟が一つ出来上がった。そしてその利権をめぐり……」
「アタシ達のような非正規任務の兵隊さんがのこのこやってきてその筋の方々に武器を売って大戦争を始めたってわけだ。ここの住民には大変ご迷惑をかけたわけだ。クバルカ中佐殿大変申し訳ございません」
かなめは嫌な過去を思い出したように苦笑いを浮かべながらそうふざけて見せた。
「アタシに謝ってもらってもこまるんだがな。オメー等がここで暴れてる時には、もうアタシは東和国籍を得て東和陸軍の教導隊で仕事をしてた。運が有ったんだな、アタシは。西園寺。謝るんならそこを麻袋を肩に担いで歩いてるおじさんにでも謝りな。アタシが悪かったって」
そう言ってランは倉庫街で何やら荷物を運んでいる労働者の群れを指さしてかなめの言葉に笑い返した。
建てられて十年も経っていないはずなのに多くのビルの壁には亀裂が走っていた。所々階段がなくなっているのは抗争の最中に小銃の掃射でも浴びたのだろうか。そう思う誠の心とは無関係に車は走った。
「典型的な手抜き工事だな。この中では東和の法律は通用しない。建築法規なんてまるで無しだ。それにしてもひどい建物ばかりだ」
車を運転しながらカウラはそうこの街の建物をたとえた。
「屋根が有って壁が有ればそれで良いってのがここのルールだ。それ以上を求めるんじゃねえ」
かなめはまるで分っていない子供を諭すような調子でカウラにそう言った。カウラは苦笑いを浮かべながら運転を続けた。