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第八十二話 玩具はうるさくてもかわいい

 終業後、自室に帰り付き制服を脱いで下着姿で床に落ちていた。仰向けに寝転がり、目の前に浮かんでいるインビジブルウインドウをぼうっと眺めていた。

 人間の純血派の活動は人間種の多い他国で活発らしく、この国エルドリアノスではあまり目立った活動はしていないらしい。しかし一部の純血派はマフィアとの癒着が問題視されていたりもすると。

 純血派の活動はマイクロフトが主導となって行なっているわけではないようだが、彼の心境を思えば複雑のひと言であろう。

 同じく、獣人の純血派においてもマフィアとの関わりが問題視されているらしい。この国、マフィアが幅をきかせているようで犯罪が起これば真っ先にマフィアグループが関与しているのかと疑われるのだそうだ。

 そりゃ心理潜航でもマフィア関連を扱ってきたし理解はする。しかし、総督府内はどうか不明瞭なのだ。警察もマフィアとグルになっているのも見てきたし、もし総督府内で関わりのある人物がいたところで今更驚くことでもないのだが。

 そういえば獣人の純血派にはリリィ・サクソンも属しているのだったか? と思い出す。ライオンの獣人なんて、獣人のカースト内でも強者に属するだろう。いっそ次出会ったら聞き出してみようかと考える。まあ、相手が私を敵視している手前、素直に話に応じてくれるとは思わないが。

「あー……、なんか、疲れたな……」

 特に忙しかったわけでもないが、昼にサダオミたちから聞いた話を思い出し、そう口をついて出た。腹は減ったし風呂には入らねばならないし、もう自室に帰り着き床に落ちて一時間近く経とうとしていた。売店で何か買って食べるか。と食堂にゆく気力もなかったので、なんとか起き上がって人の形を形成し、ラフな部屋着に着替えて部屋を出た。

 通路をしばらく歩き角を曲がると見知った後ろ姿が目に入った。

「エンダントさん」
「ん? あ、ミツミさん。こんばんは」
「こんばんは〜。どちらに?」
「売店に」
「私もです。ちょっと話でもしながら行きませんか?」

 エンダントは目の下に隈を作っており、随分くたびれた様子だった。そういえば停電を引き起こしていたし、その件で駆けずり回っていたのだろうか。

「昨日停電してましたけど、大丈夫だったんですか?」
「ああ、こりゃ失礼を。無事復旧できたので、しばらくは起きないっすよ」
「また起こる可能性はあると」

 そう言うとエンダントが苦笑いで申し訳ない。と謝罪してきた。エンダントだけのせいでもないだろうと告げたが、いやまあ、と歯切れが悪い。

「私来る前はしょっちゅう起こしてたとか聞きましたけど、結構精密な作業なんですか?」
「そうっすねえ。過去の別の惑星から喚びビトさんを喚び出す作業ですんで、結構気を使う場面は」
「次ってまた二十年後くらいに?」
「ええ、多分その時にはもう少し改良加えられて、喚び出せる人数も増やせるのではとのことで」
「犠牲者が増えると」

 嫌味を言うとエンダントは再び苦笑いをした。こちらとしてもわざと言っているが、彼らに恨みのような感情を抱いているわけではない。下っ端構成員に決定権なぞ無いに等しいのだから。

 そういえば、と思い出したことを聞く。

「四十年前に喚び出したヒト、ご存知ですか?」
「え? 四十年前ですか。おれは詳しくは無いっすね。そうっすねえ……資料室に資料あると思いますけど」
「資料、何者かにめちゃくちゃにされていましたよ」
「ええ……?」

 引いたようなエンダントの口ぶりに、技術部の人間の仕業ではなさそうだ。今のところマイクロフトと関係がありそうな人間と言うと、心理潜航班の班員くらいしか思い浮かばないが、それをやって理になる人物も居ない。誰がやったことなのか分かりかねていた。

「技術部の方でデータとか保管されていないんですか?」
「四十年も前だと資料室に行きだと思いますけど、うーん、資料の破損ですか……。一応仕事の合間に技術部内で何か残っていないか見てみますよ」
「お願いします」

 曲がり角を曲がると、カツン、と甲高いヒールの音がした。見ればリリィ・サクソンの姿ではないか。うへえ、と心の中で舌を出して辟易した。

「あら、喚びビトさん」
「こんばんは……」
「ええ、こんばんは。あら、ヒューノバーさん以外の男性に現を抜かしていたところだったかしら?」
「いや、違いますけど」
「人間は人間とつるむのが一番だとわたくしは思いますけど」
「リリィさん、どうもっす」

 嫌味を言っているリリィにエンダントが挨拶をする。どうやら顔見知りらしい。

「エンダント、その方と逢瀬を?」
「いや、行き先同じだから駄弁ってただけっすけど」
「リリィさんって居住区住みなんですか?」
「ええ」
「なんか意外ですねえ」
「屋敷に一々帰るのも面倒なので」

 屋敷とか言っているが、ライオンの獣人なのを考えると結構でかい家に住んでいそうだ。しかし、今までよく居住区で出くわさなかったものだ。住んでいると分かった手前、リリィの部屋に近寄らぬように部屋番でも聞いておくか。

「リリィさんってフロアどこなんですか?」
「……あなたに教えて何か理があるのかしら」
「いや、近寄りたくないんで」
「本当に失礼な方ねあなた!」
「それか部屋に凸ってどんな部屋か見ようかと」
「リリィさんの部屋ゴミ屋敷っすよ」
「変なことを吹き込まないで頂戴エンダント!」
「ギャップ萌えしますね」
「でしょ」
「二人で盛り上がらない!」

 きーきーとわめくリリィを他所に、リリィの部屋が本当にゴミ屋敷なのか気になってきた。キレられるのを承知でリリィに確認する。

「リリィさん、部屋見せてくださいよ」
「嫌よ!」
「エンダントさんは入ったことあるんですか?」
「ゴミ屋敷だったっすよ」
「だから嘘を吹聴しないでくださらない!?」

 本気で憤慨し出したリリィに、このヒトにもかわいい一面があるのだなと呑気に考える。

「エンダントさん、行き先変更です。リリィさんの部屋に連れて行ってください」
「いいっすよ」
「勝手にヒトの部屋を観光地みたいな扱いしないでくださる!? 喚びビトさんあなた非常識すぎるわよ!」
「いや、総督府内で散々私に絡んで嫌味言っておいて自分のこととなったら非常識っておつむ弱いんですか?」
「あ、あなたねえ!」

 エンダントに先導されてリリィの部屋を目指し始めると、リリィがきゃんきゃん言いながらも着いてきた。

「いいこと! 部屋に着いても中には入れませんからね!」
「エンダントさんハッキングとかできないんですか」
「できるっすよ」
「エンダント!」
「今までの嫌味の数々を水に流すと言っているんですよわたしゃ。分かってるんですかリリィさん」
「だからどうしてそれが部屋を見せることになるのよ!」
「面白そうだから……」
「刹那的っすねえ〜」

 そうこう言っているうちにリリィの部屋の前にやってきた。部屋番を覚え、エンダントに開けてくれと頼み込む。

「あなたたち結託してわたくしを貶めるつもり!?」
「この焦りよう……本当に汚部屋の可能性が」
「開いたっすよ」
「やっりい!」

 リリィの部屋の自動扉が開くと我先にと部屋に乗り込んだ。リリィが悲鳴を上げていたが、入り口には酒の缶やパウチ、ゴミ袋が詰まれ、服が散乱していた。足の踏み場は少なくまごうことなきゴミ屋敷、エンダントは嘘をついていなかったんだ!

「出て行って! もう出て行って!」

 リリィが涙目でそう訴える。そのリリィを見た私は、背中がぞくりとするのを感じた。リリィに近づき、肩にぽんと手を置いた。

「今日、少し落ち込んでいたんですけど元気出ました。ありがとうございます」
「ヒトの痴態を見て元気出すの、中々ドSっすね」
「二度と来ないで!!!」
「また来ます!」
「喚びビト! 非常識すぎるわ!」
「大丈夫ですよ。私を捕まえて悪態ついていたあなたも大分非常識でしたから、非常識同士ですね!」
「すんげーポジティブ」

 エンダントがけらけらと笑っている。エンダントはリリィにぶっ叩かれ、私もぶっ叩かれ部屋を追い出された。

「エンダントさん、ありがとうございます。元気出ました」
「そりゃよかったっす」
「リリィさん苦手だったんですけど、弱みも握ったことだし積極的に絡んでいこうと思います」
「あのヒト友人少ないからそうするといいっすよ」
「ところでエンダントさんはなぜリリィさんの部屋がゴミ屋敷だと知ってたんですか?」

 なんでもエンダントは配達された荷物の誤送でリリィ宛のものが届いた時部屋を訪ねたらしい。それで知ったのだそうだ。そういうこともあるのか〜と思いつつ、リリィに聞きそびれたことがあったのだとインターフォンを連打した。連打回数百に届こうとしたところで、リリィからインターフォン越しに返答があった。

『うるさい! 早くどこかに行って頂戴!』
「あのう、リリィさん」
『何よ!』
「純血派のことで聞きたいことがございましてえ」
『……あなたに関係あるの?』
「めちゃくちゃありますね」
『あなたに教えることなんてわたくしにはございません。帰って!』
「じゃあまた明日来ますね〜」
『二度と来ないで! 絶対入れないから!』
「じゃあ飯食ってるところ見たら聞きに行きますね〜」
『どれだけ諦めが悪いのあなた!?』

 もう帰れ! とぶつりと切られる。

「いやあ、嫌味な女だと思っていましたけど、面白い玩具を手に入れた気分です」
「メンタル鬼っすね」
「ちょっとリリィさんの泣き顔見た時、ぞくりとしてしまして……ね」
「ドSっすね」

 その後エンダントと駄弁りながら共に売店へと向かい、軽食を買ってから途中の通路でエンダントとは別れ自室に戻った。

 完全に敵だと思っていた獣人が面白いヒトだと分かったのは収穫だろう。早速、次見かけたら遊ぶかとニヤつきながら飯を食うのだった。

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