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第七十一話 川の流れは礫を生む

「はいはいはい! かんぱーい!」
「うおー! 乾杯!」

 がっちゃん! と酒に入ったグラスをヨーク、サダオミ、ヒューノバー、私でかち当てる。

 終業後、四人で街に繰り出した私たちはビアガーデンにやって来ていた。過ごしやすい気温の中で冷えたビールをあおると一瞬地球に帰って来たのかと錯覚したが、夏真っ盛りだったあの季節とは程遠く、この国の気候は今は春なのを思い出す。

 夜に包まれたこの時間に空を見上げると月が三つ浮かんでいる。月が三つもあるのだと最初に知った時に違う惑星来ちゃったんだなあと実感したのを思い出した。

 爽やかな風とヒトの喧騒に包まれ穏やかなビアガーデンになぜか寂しさを感じた。

 ぼんやりとする私の横でソフトドリンクを飲んでいたヒューノバーが話し出す。

「お二人とも、潜航お疲れ様でした」
「はい、ありがとう。ミツミ大丈夫かい?」
「あ、はい!」
「色々と思うところはあるでしょうが、あまり気に病んではいけませんよ」
「そうですね……」
「誰しもアンタと同じ気持ちを味わって来たからね。気持ちはわかるよ」

 潜航のことで心につっかえているのは理解しているらしい。そりゃあ、誰だって気にするなと言う方が無理だとは思う。一般的な感性を持っているのならば尚更そうだろう。

 今は業務外なのであまり突っ込んだことを話すべきではないのだろうが、少々気になったので聞いてみる。

「あの、電子ドラッグって……」
「最近問題になっています。出どころがマフィアなのは想定されてはいましたが、今回の潜航で獣人種の純血派が関わっていることが分かりましたから、多少は実地での捜査の仕方も変わるでしょうね」
「ま、警察上層部に純血派が居たのなら、握り潰す可能性も高まったけど?」
「そうですよね。組織内部に純血派が居たら、捜査官が何か見つけても握り潰しの可能性あるんですよね……」

 純血主義派がどれほどこの国に散っているかは不明だが、総督府内でも居ることを考えると警察内部が真っさらなはずはないだろう。色々な思惑がこんがらがっているのを考えると目眩がして来そうだ。

「心理潜航班には純血派って居ないんですね」
「まあうちらは運良く居ない、ってだけだからね。主義主張全部を審理して配属されるわけではないから。それに心理潜航は人間の血があってこそ行えることだから、そこで突っかかってるやつは心理潜航なんてできないしね」

 人間の血が混じっていることが前提となっている心理潜航班に純血派が居ないのには納得が行った。心理潜航を行える獣人は他の獣人よりも人間に近しい場所にいるのだろう。人間に親愛を抱いているだろう彼らにとって純血なぞ価値のかけらもないものなのかもしれない。

「電子ドラッグに関しては班員はほとんど関わることはないだろうけれど、双子は要注意だろうね。外部補助デバイスから無理矢理投与される危険がある」
「その結果情報を抜かれる場合もあり得ますからね」
「ま、仕事の話はここら辺にして、アンタらどこまで進んだのヒューノバー」
「ほへ?」

 口にポテトを含んだまま間抜けな声を出したヒューノバー。ヨークはにやにやと笑いながら私の肩に手を回した。

「ミツミ〜、やることやった?」
「うえわ! 耳元で囁かないでください!」
「……耳、弱いの?」
「なんでそんな色っぽい声で囁くのか……サダオミさん浮気ですよ!」
「なんだかんだヨークは私一筋ですから」
「惚気が始まった」
「ねえ〜ミツミ〜?」
「ヒューノバー助けろ!」

 ヒューノバーはもみもむとポテトを咀嚼して飲み込むとヨークのからみ酒に対して何か言おうとした。

「ミツミ……浮気!?」
「お前までこの二人に乗るな」

 酒も入っていないくせにヨークとサダオミの繰り広げる茶番に乗り出したヒューノバーに、私は頭を抱えそうになった。

「どこまで行ったんだい? おばさんに教えてよう」
「囁くのやめてください!」
「ミツミさん……不倫ですか?」
「サダオミさん? サダオミさん!? 酔ってますか!?」
「別に酔ってはいませんね」

 いつの間にかビールジョッキ三本目に突入していたサダオミであるが、酔ってはいないらしい。酔ってないのになんでこんなからみ酒なんだ、ヨークもサダオミもヒューノバーも。

「かー! 若いのに焦らすね! 男女の間には性愛! 人類史なんて性愛あってこそだよ!」
「おや新人類が人類史を語ろうとしていますね」
「すんげーブラックジョークかましますねサダオミさん」
「あんたら若いのにさあ。なんだい!? その距離感は! 熟年夫婦かい!?」
「いやそう言うわけでは。というかヒトのこと言えますお二人」
「おや、突っ込みますか?」
「いつぞやお二人ノンセク気味とか言ってたじゃないですか。そっちの方こそ熟年夫婦では」
「ふふ……ヒューノバー」
「はい?」
「次代を背負うお二人の仲を良いものにしたいだけなんです。我々は」
「本当に酔っていませんか、サダオミさん」
「酔っていません」

 ヒューノバーに突っ込まれているサダオミであったが、なんだか怪しくなってきている。顔に出ないだけで酔っているのでは。

「ヒューノバーが要らないならミツミにちゅーしちゃお」
「のええええ、あ、ほっぺたがふわふわする」
「このふわふわにサダオミも落とされたのさ」
「お二人の馴れ初めでもほじくって聞いて場を濁そうミツミ」

 そうだな。とヒューノバーの提案に賛成し、サダオミにヒューノバーが問いかける。

「サダオミさん、お二人って出会った時は険悪だったんですよね」
「ええ、それはそれはかわいい威嚇をされていました」
「アンタがかわいい威嚇してたの間違いだろう? サダオミ〜」
「はて?」

 ボケ老人コントを始めようとしている二人に、その調子だ。とヒューノバーを見る。

「でも、威嚇するにしろする理由があるのならばサダオミさんの方ですよね」
「二度と故郷に帰れぬ身となりましたからね。ミツミさんならば気持ちも分かるでしょう」
「まあ、そうですね」
「この惑星に連れて来られただけならばまだしも、仕事をしろだの、獣人とくっつけだの言われれば反発したい気持ちも分かってくださるでしょう?」
「……そう言えば、自分もミツミに怒られた記憶があります」
「あれはヒューノバーが悪いだろ」
「いやまあ、うん。ごめん」
「まあそう言った理由からかわいい威嚇をしていた訳です」

 ヨークから以前聞いた限りでは、サダオミは昔は少々荒れていたらしい。今では穏やかな紳士だが、理由を考えれば仕方ないことだろう。

「拉致に強制労働に人身売買と考えると分かりやすいですか? ヒューノバー」
「すごい例え方しますね」
「あながち間違いでもないでしょう」

 先ほどのブラックジョークもだが、結構黒いことを言う人間らしい、サダオミは。

「サダオミさんは、私みたいに潜航の度にへこむなんてことなかったんでしょうね〜」
「いや? サダオミも結構あれでへこんでたよ」

 ヨークが思い出したかのように話し出す。サダオミは潜航をする度、ひとりで総督府を抜け出して酒を飲んでいたのだそうだ。見かねて酒に付き合うようになってから二人の仲は進展し始めたらしい。

「まあ、ヒトの心を覗く仕事です。獣の見目、人間と違う見目であっても、内面は人間と何も変わらないのだと、受け入れたくない思いと共に酒で流し込んでいたんですよ」
「それを考えると、ミツミは受け入れが早い方ですね」
「そうですね。ミツミさんは適応力が高い方だと思います。諦めとも言えるのでしょうが」
「私来た時は泣いてましたからねえ」
「さて、馴れ初めと言っても面白いものではありませんが、戻りましょうか」
「はは……」

 二人に仲が深まる出来事があったのは、サダオミが一回目の誘拐があってからだそうだ。

「一回目ってなんですか」
「私、これでもこの惑星に来て三度誘拐されていますからね」
「治安わりぃ」
「結婚する前に一度、子供が生まれる前に一度、小学校の授業参観の前日に一度ありました」
「なんか人生の節目みたいに言いますね」

 とある要人の心に潜った翌日に一度目の誘拐があったらしい。そこで助けに来たのが、警察……ではなくヨークだったのだそうだ。

「非戦闘員のくせに無茶をすると思いましたよ。なのに銃は使うわ車は爆走させるわで、その日はもう何度も死んだ心地でした」
「ヒューノバーが私を助けに来ても同じこと思うと思います」
「それはちょっと酷くない?」

 その出来事があってからヨークに心を開くようになったらしい。二度目の誘拐は潜航の時聞いた。三度目は授業参観の前日と言っていたが……。

 私もビールジョッキを二本開けて三本目に突入する頃にはサダオミは五本目に入っていた。酔っているのか酔っていないのか顔に出ないヒトだろうから、正直どこまで本当の話かはわからない。

 ヨークもサダオミも愉快なヒトと思っていたが、積み重ねた年月によって丸くなったのだろう。削られるのも悪いことばかりではないということだ。

 酒を飲みすすめ、ヒューノバーのおつまみを奪ったりしながら、その日は三人のおかげで楽しい心地で終えるのだった。

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