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「ほら、この国なら人は全て等しく愛せって教義の元、互いを助け合って生きてく風潮もあるし、ウミもきっと受け入れてくれるだろう」

 焦った様子で早口に言葉を羅列するテオは、ウミの顔を見ていない。
仮面はその下の顔から視線をそらして明後日の方向へ会話をしている。

「この国が嫌なら、そうだな、セブ・バザールでノーカ先生の世話になるとか。孤児院暮らしか一人暮らしか、ノーカ先生であれば暮らしやすいように融通は利かせてくれるはず……」
「どうして……?」

 テオの弾丸トークを止めたのは、少女の声。
細く問いかける少女に、テオは非常に言い辛そうに告げる。

「ここから先は、わたしの問題だからだ。関係のない人間を巻き込むわけにはいかない。……イルもだ。わたしの問題に巻き込まれる必要なんて無い」

 テオはそう言う。
そう言うが。

「関係ない人じゃないよ! もう何年も一緒に旅してるんだよ!」
「同感ですぃ。あっしもここに来るまでにそろそろ何ヶ月って数えたほうがいいくらい一緒にいるんですぜぃ」

 そもそもイルは、テオとは数カ月どころではなく、最早十数年、数十年と数えたほうがいいほどの付き合いがある。

「だが」
「危険、ですかぃ?」

 テオの言葉を遮る。
大体言いたいことは分かっている。
そもそも禁制品なんてものを追いかけている時点で、まとも(・・・)な目的ではないことはすでに分かっているわけで。

「テオ氏はあっしを見縊(みくび)り過ぎですぜぃ」

 不服そうな態度を全身に浮かべるテオに、イルは鼻で笑う。

「商人なんて、危ない橋渡ってなんぼ。そうでなくても、一人でここまでやって来たあっしの逃げ足の速さを信じてもらいたいものですがぃ」

 それに。
イルはテオの傍らで頑として動きそうにない少女をちらと見る。

「テオ氏の旅に、何年ですかぃ? 数年も着いていけるだけのガッツがあるお人が、今更危険だなんだでビビる訳が無いですぜぃ」
「おいこら、どういう意味だ」
「うっかりスライム見つけて踏ませてしまったりとかですかねぃ?」
「悪かったって」

 もう既に、何度も危険な目に遭わせてきては、その度に危機を乗り越えてきていることは、容易に想像がつく。
イルも昔はそうだったから。

 テオは考え込んでいるのか、ずっと無言のまま。
やがて、思い切ったように紡ぐ言葉は、震えていた。

「それなら二人は……。わたしが死んで欲しいと言ったら死んでくれるのか……?」

 テオは二人の顔を見ていない。
仮面は俯き、ざんばらの髪から血の気の引いた耳が見えている。

「そういう話だ。恐らく、ここから先は人が死ぬ可能性がある。それがウミだろうと、イルだろうと、わたしは……。見捨てることになるかもしれない」

 再び始まりそうな弾丸トークの予感に、イルは手を広げて制止をかける。

「ちょっとちょっと、ちょい待ち、テオ氏」

 制止がかかり、口をピタッと止めるテオ。
しかし仮面はまだ上がらない。

「お話してるとこ申し訳ないですがぃ、そもそも、あっしら、テオ氏のために死ぬ気なんて無いですよぃ」

 ようやく仮面が上を向いた。
仮面の奥にある訝しげに揺れる目を見ながら、イルはあっけらかんと告げる。

「あっしはテオ氏のために生き延びて、テオ氏の役に立つ……。ううん、何か違いますねぃ」

 それは告げようと思えばすぐに告げられる言葉。
それなのに、一言発するのに気恥ずかしさが勝り、すぐに二の句を告げられない。

 訝しげな、それでいて不安そうなテオの姿に、イルは覚悟を決める。

「……テオ氏の友人なんですよぃ。それも特別親しい友人。友が困ってる時に、死なない程度に手を差し伸べたいと考えるのは、おかしなことですかぃ?」

 テオはキョトンとした様子で固まる。
それから数秒の後、思わず出てしまった小さな笑い声をきっかけに、両手を叩いて爆笑するまでになった。

「……それなら、友の願いを聞いてくれるか」

 しばらく笑い続けたテオは、仮面を少し持ち上げ、見えない目元を指で拭う。

「着いてくるな以外なら」
「生きてくれ。ただそれだけでいい」

 イルは再び、鼻で笑った。

「お安い御用ですぜぃ」



「今から向かうリガルド王国は、実はわたしの故郷だ」

 テオは鞄から古びた地図を取り出して地面へ広げる。
そこにはリガルド王国を中心にして、周辺国が描かれている。
地図の中に、手書きの走り書きも所々に見て取れる。

「最近は戻ってはないが、それでも風の噂程度に近況を聞いている」

 テオは地図のリガルド王国。
そこを中心に、円を描くように大きく指を動かす。

「政治が立ち行かなくなっているのか、重税に次ぐ重税で、人々は苦しみに喘いでいる」

 聞けば、パンの材料である小麦にも税をかけているという。
釣りをしたら釣り税、魚が捕れたら捕れた数に応じて税金が。
森に食材を探しに行ったら税金が。
農作物の一つ一つにも重い税が掛けられているらしく、最早人々は、食べるものにも制限がかかっているとテオは言う。
払わなければ脱税となり、重い刑罰が科せられるとも。

「そんな国勢だ。王家や貴族も質素な生活を強いられているかと思いきや、聞こえてくるのは贅沢品に囲まれた生活を崩していないという話ばかり」

 その生活を支えている国民の不満がたまっているのだろうと容易に想像がつく。
いつ爆発してもおかしくない。
リガルド王国の土台は、揺らいできているのだろうとイルは感じた。

「それに加えて禁制品だ。出処は各国かららしいが、集まっているのが……」

 テオの指が地図の一点を指さす。

「リガルド王国、王城内部」
「戦争でも起こす気ですかぃ?」
「分からない。もしかすると、国民の不満を抑えるために……」
「腐ってますねぃ」

 テオは頭が痛いとばかりに仮面の側面、こめかみを指で揉みほぐす。

「……苦難に喘ぐ国民の怒りは抑えきれない所まで来ている」
「でしょうねぃ。形には?」
「なっている。証拠に、まだ表沙汰にはなってはいないが、不満を持った国民たちが集う寄り合いができたらしい」

 イルは眉間にも口元にもシワを寄せる。
テオは小さく頷く。

「……下手をしたら、武力蜂起が起こるぞ」
「それを抑えるための禁制品ですかぃ」
「十中八九、そうだろう」
「胸糞悪いですねぃ」

 しかめっ面のまま呟けば、テオが同感だ、と肯定する。

「わたしは、寄り合いの様子を見ながら、原因を探ろうと思っている」
「私たちは何かできることはある?」
「何もしないでいい。と言いたいところだが……」

 テオは非常に、非常に不服そうに腕を組む。

「向こうでの動きによっては、二人に手伝ってもらうこともあるかもしれない。それも、慎重にだ。下手な動きをして王族の不興を買えば、わたしたち三人の命は無いと思ったほうがいい」

 小さなため息。
諦めと期待の混じったそれを吐き切ると、テオは二人の顔をじっと見た。

「それでも、着いてきてくれるのか?」

 今度はイルがため息をつく番だった。
呆れのため息を大きく吐ききり、テオに投げかける言葉はやや怒っているように、自分の耳に届く。

「くどいですよぃ。商人は約束は守るものなんですよぃ」
「テオ。私も着いてくよ。今更テオのいない生活なんて、想像できないし、したくない」

 少女が吐き出す言葉にも、珍しく怒りの音が混じっている。
テオは諦めたように両手を挙げる。

「降参だ。……二人とも。わたしと共に来てくれ」

 テオはそれだけ告げると、マントを翻し歩き出す。
 言葉はない。
頷くこともしない。
しかし彼らの間に否定はなかった。

「ひとまず旅支度ですねぃ。あっしは食材を買ってきますぃ」
「わたしはロウソクと……。小物を買ってくる。ウミ」
「はい! 寒さをしのげる服を買ってきます!」

 びし!
敬礼する少女に笑みがこぼれる。
テオも仮面の奥で小さく笑っていた。

「それじゃあ、買い物終了次第、西の門の前で待ち合わせよう」

 解散直後、各々に先を急ごうとする彼らの真横に、パレードの列が並ぶ。
色とりどりの人の後ろに、ひときわ派手な神輿がひとつ。
その上に座る高笑いをする女。
彼女を見たテオは呟いた。

「プティラ……?」

 足を止めたテオ。
群衆を見渡しただけなのだろう。
気まぐれに下界に視線をよこす神輿の女とテオの視線が交わったように、イルには見えた。

「……テオ氏!」

 ぼぅっと、夢見心地のような、呆然としたような。
空から降る白百合の嵐に攫われてしまいそうにも見えて、イルは思わず声を上げる。

「……! すまない、今行く!」

 はっとして現実に戻ってきたテオは、イルの隣に並んだ。
テオはパレードの列に背を背け、足早に離れていく。
賑やかな、夢のような喧騒がだんだんと小さく離れていく。

 テオは背後の二人を見据える。
イルは分かっていると言いたげに、肩を竦めて隣へ並ぶ。
少女がテオの腕を掴むのを見て、テオはひとつ、確かに頷いた。

「急ごう。悪夢が現実になる前に」

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