第78話 それぞれの個性的な好み
「パフェが無いんだな。私は喫茶店ではパフェを頼むことにしている」
メニューを見ながらカウラは落ち込んだようにうなだれた。誠は彼女が甘いものを欲しがる場面に遭遇したことが無かったので少し驚いた。
「お嬢さんは甘いのが好きなんだね。まあ、うちはコーヒーとケーキだけの店だから。甘いケーキならたくさんあるよ、きっとお嬢さんにも気に入ってもらえる」
淡々とマスタは優しい口調で話す。彼はそのまま手元のカップにアメリアと誠のコーヒーを注いだ。
「日本茶もねーんだな。アタシは酒は日本酒、茶は日本茶って決めてるんだ。コーヒーは苦くって……どーも」
そう言いながらランが顔をしかめる。アメリアはにんまりと笑顔を浮かべながらランを見つめている。
「なんだよ!アタシの顔になんか付いてんのか?」
穴が開きそうになるまでアメリアの細い目で見つめられてランは照れながらそう言い返した。
「ああ、鬼の教導官殿は好みが和風のようですねえ。確かに毎週、なじみのすし屋で日本酒を一杯やるのが習慣の方ですから……でも残念でした。ここには日本茶は有りませんので」
誠の隣の席を奪われた腹いせにかなめがつぶやいた。すぐさまランは殺気を帯びた視線をかなめに送った。
『なんだよ、これじゃあぜんぜんデートどころか気分転換にすらならないよ。隊にいるのと全然変わらないじゃないか。これじゃあ休んだ気にならないよ』
そう思いながら誠はアメリアを見つめた。そこにはコーヒーの満たされたカップを満足そうに眺めているアメリアがいた。まず、何も入れずにアメリアはカップの中のコーヒーの香りを嗅いだ。
「ちょっとこの前のより香りが濃いわね」
そう言うと一口コーヒーを口に含む。アメリアがコーヒーにうるさいと言う話はこれまで一度も聞いたことが無かったので、誠はアメリアのその言葉に驚きを隠せなかった。
「わかるかい、できるだけ遼州の豆で味が保てるか実験してみたんだけど……地球産の豆は値上がりが激しくてね。うちとしても困ってるんだ。その点遼州の南ベルルカン大陸で採れる豆は品質も安定してるし価格も安い。うちとしても助かるんだ」
マスターは少し自信なさげにお得意様であるアメリアの感想を待った。
「ええ、以前よりいい感じよ。私もこの遼州圏で製造されて遼州圏を生きているんだもの。遼州圏を生きる人間にはこっちの香りの方が似合うと思うわ」
そう言うとアメリアは手元のミルクを少しだけカップに注いだ。誠もそれに習って少しだけミルクを注ぐ。カップの中ではミルクが白い螺旋を描いた。
「じゃあアタシもアメリアと同じブレンドで。まあベルルカン大陸は中央の無人の砂漠地帯を挟んで北は『修羅の国』でクーデターと内戦ばかり、南はこれまた平和ボケの戦争とは無縁の『地上の楽園』実に奇妙な大陸だよ」
かなめがそう言いながら隣でじっとメニューとにらめっこしているカウラを見つめた。
「私もおなじでいい。確かに南ベルルカンは平和だな。あそこは本当に農業以外に産業は無いが平和なのは良いことだ」
そんなカウラの言葉が落ち着いた室内に響いた。
「じゃあ、アタシもブレンドって奴で良い。南ベルルカンにはうちは縁は無さそうだな。あそこの国々が最初に遼州同盟を提唱したんだ。最初は誰もが『平和ボケが何を言ってやがる』って無視してたんだが、それが実現するとは……時代は変わるもんだ」
メニューを穴があくまで見つめても日本茶の文字が無いことで諦めたようにランがそう言った。
「わかりました、皆さんブレンドですね。さすがに司法局の方々は国際情勢にはお詳しい。参考になります」
そう言うとマスターは忙しげに手元のカップを並べていった。誠達以外の客は居ない。静かな店内にはカップが当たる心地よい音が響き渡るだけだった。