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第79話 勘の良い女

「アメリア、アタシ達が付いてきてるって、いつから気づいていた?その様子だとわざとこの店まで誘導して見せた感じに見えるが……違うか?」 

 かなめがそう言ったので誠は少し驚いていた。考えてみればおせっかいを絵にかいて好奇心で塗り固めたような彼等がついてこないわけは無いことは誠にも理解できた。『特殊な部隊』とはそう言うところだと学習するには四ヶ月と言う時間は十分だった。愛想笑いを浮かべるかなめ達を誠は眺める。配属以降、誠が気づいたことと言えば『特殊な部隊』の面々は基本的にはお人よしだと言うことだった。

 アメリアが悩んでいると聞けば気になる。ついている誠が頼りにならないとなれば仕事を誰かに押し付けてでもついてくる。

「まあ……どうせパーラの車に探知機でもつけてるんじゃないの?印藤沼公園から豊川市に入ったあたりで後ろからあの目立つ『スカイラインGTR』がちらちら見えたら誰だって気付くわよ。あんな車東和じゃ一台しかないんだもの。気づかれないとでも思ってたの?カウラちゃんも甘ちゃんなのね」 

 そう言ってアメリアは珍しそうに室内を見回すランに声をかけた。

「まーな。あの車は確かにこの国にも一台しかない。ただ、この店に誘導しようと思いついたのは西園寺がアホだからゲーセンでも入り口辺りをうろうろしているところを見つかったからなんだろ?」 

 ランはそう言ってかなめを指差した。

「まあ、そうですね。あの二人がいつ突っかかってくるかと楽しみにしてましたから。この店だったら雰囲気的にかなめちゃんが暴れる危険性は無さそうですし」 

 余裕の笑みと色気のある流し目をアメリアは送る。かなめもカウラもそんなアメリアにただ頭を掻きながら照れるしかなかった。

「話はまとまったのかな?」 

 そう言うとにこやかに笑うマスターがランの前にコーヒーの入ったカップを置いた。

「コーヒーの香りは好きなんだよな。アタシも。ただ苦いのが駄目なんだ。同じ苦みでも日本茶は慣れてるから何とかなるが……」 

 そう言うとランはカップに鼻を近づける。

「良い香りだな。私でも分かる」 

 カウラはそう言って満面の笑みでかなめを見つめた。

「まあな。地球産は一部に放射能が基準値を超えてる粗悪品が混じってるからな。その点これは安心だ」 

 そう言うとかなめはブラックのままコーヒーを飲み始めた。

「かなめちゃん。少しはそんな無粋な話しないで味と香りを楽しみなさいよ」 

 アメリアは静かに目の前に漂う湯気を軽くあおって香りを引き寄せる。隣のカウラはミルクを注ぎ、グラニュー糖を軽く一匙コーヒーに注いでカップをかき回していた。

 恐る恐るランは口にコーヒーを含む。次の瞬間その表情が柔らかくなった。

「うめー!」 

 その一言にマスターの表情が緩む。

「中佐殿は飲まず嫌いをしていたんですね」 

 そう言って面白そうにアメリアはランの顔を覗き込んだ。ランは自分が発した歓声がもたらした効果が自分の威厳を損ねた事実に気付いて顔を真っ赤にした。

「別にいいだろうが!旨いもんは旨い。それで良―だろーが」 

 そう言いながら静かにコーヒーを飲むランにマスターは気がついたというように手元からケーキを取り出した。

「サービスですよ。うちの店を気に入ってくれたお礼です」 

 そう言ってマスターは笑う。この人柄に惹かれてここにアメリアは通ってるんだ。誠にはそのことが良く分かった。

「これはすいませんねー。良―んですか?」 

「ええ、また来てくださいね。こんなかわいいお客さんはいつでも大歓迎です」 

 そう言って笑うマスターにランは、受け取ったケーキに早速取り掛かった。

「なんだ、ケーキもあるじゃん」 

 そう言いながらかなめはケーキのメニューを見回し始めた。

「それにしてもアメリアさん。あの写真で見た『司法局実働部隊』の神前誠曹長を連れて来るとは……本当に軍人さんだったんですね。正直、これまで信じていませんでした。いつもアニメグッズを大量に抱えて入ってきて話していても仕事の話もしないし。土日が休みと決まっている訳でもないし……正直、ニートなのかと思ってました」 

 マスターからすればいつもアニメグッズを小脇に抱えて来店する、変わった女性位に見えていたのだろう。誠にはそう思えていた。

「軍籍はあるけど、身分としては司法機関要員ね。一応遼州の警察を束ねる遼州司法局管轄下の司法局実働部隊の隊員ですから」 

 アメリアはこれまでこの店で誠の話はしてもそれ以外の自分の身分については話していないようだった。

「そーだな。一応、司法執行機関扱いだからな……つまり『警察官』?」 

 そう言いながらケーキと格闘するランはやはり見た通りの八歳前後の少女に見えた。

「チョコケーキ……にするかな」

 メニューの写真に集中していたかなめはそう言うとようやく結論が出たかのように静かにメニューをテーブルに置いた。

「そうか……私はマロンで」 

 かなめとカウラの注文にマスターは相好を崩す。

「結局、二人ともケーキも食べるんですね」  

 誠は苦笑いを浮かべながらアメリアを見つめた。コーヒーを飲みながら、動かした視線の中に誠を見つけたアメリアはにこりと笑った。その姿に思わず誠は目をそらして、言い訳をするように自分のカップの中のコーヒーを口に注ぎ込んだ。

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