第77話 アメリアの隠れ家
「久しぶりじゃないか、アメリアさん。最近は忙しかったのかな?それとも他の店に浮気をしてたとか」
そう言って白いものが混じる髭を蓄えたマスターが二人を出迎えた。客は誠達だけ、アメリアは慣れた調子でカウンターに腰をかけた。たぶんこの部屋の雰囲気はマスターの趣味なのだろう。いつも一人で行動することに慣れている誠にはあまりなじみのない世界観に誠は圧倒されていた。
「マスター冗談はよしてよ。この町でこれ以上落ち着く喫茶店なんて他にないわ。それに私の生まれた国、ゲルパルトにはこんな感じの店が沢山あるって聞くわ。そう思うと時々どうしてもここに寄りたくなるのよ」
アメリアはいつもの人懐っこい口調でそう言うとカウンター越しにコーヒーカップを磨くマスターを見つめた。
「ブレンドでいいんだね。アメリアさんは香りにはうるさいからね。私もいつも気を使っているんだ」
そう言うマスターにアメリアは頷いてみせる。これまでの二人の会話で、ここがアメリアの秘密の隠れ家のような存在なんだと誠は理解した。
「良い感じのお店ですね。僕は友達が少ないんであまり喫茶店とかは行かないんですけど……なんとなく分かります」
マスターに差し出された水を口に含みながら誠はアメリアを見つめた。
「驚いた?私がこう言う店を知ってるってこと。私がアニメと漫画とお笑いだけの女じゃないなんて知って驚いたって顔してるわよ」
そう言いながらアメリアにいつものいたずらに成功した少女のような笑顔がこぼれた。
「もしかして彼が誠君かい?アメリアさんから話は聞いているよ。あの『近藤事件』の英雄。テレビでも何度も見たよ。すごいじゃないか。私も遼州人だが、君のような法術とは無縁でね。ただの一喫茶店主さ」
カウンターの中で作業をしながらマスターがアメリアに話しかけた。褒められるのに慣れていない誠は照れ半分に目の前の氷の入った水を飲み干した。
「そうよ。彼があの『英雄』神前誠曹長。それと外でこの店をのぞき込んでいるのが私同僚達」
その言葉に誠は木の扉の隙間にはめ込まれたガラスの間に目をやった。そこには中をのぞき込んでいるかなめとカウラの姿があった。
目が合った二人が頭を掻きながら扉を開く。だがそれだけではなかった。
「いつから気づいてた」
かなめはそう言いながらスタジアムジャンパーの袖で額を拭った。
「やっぱ気づくよな……私の髪が目立ったせいか?」
人目につくエメラルドグリーンのポニーテルに手をやりながらカウラがすまなそうに頭を下げる。
「謝らなくても良いわよ、カウラちゃん。それに気付いたのは別の理由。物騒なの持ち歩いてる誰かさんの態度がデカいから」
そう言うとアメリアはテーブル席に腰かけようとしていたかなめに目を向けた。
「誰の態度がデカいんだよ!態度がでかいのはテメエだろ!アタシはいつも通りにしてただけだ」
かなめが反射的にそう叫んだ。隣には子供服を着ているランが肩で風を切って入ってくるなり誠の隣に座った。あまりに自然なランの動きに呆然と見守るしかなかったかなめとカウラだが、ようやく誠の隣の席を奪われたことに気づいて、仕方がないというようにテーブル席のかなめの正面に座った。
「ずいぶん友達がいるんだね。大歓迎だよ。何ならもっと早く紹介してくれればよかったのに」
そう言いながらマスターは水の入ったコップを配った。
「マスターも商売上手ね。本当はこの連中にはこの店の事は内緒にしておきたかったんだけど……秘密なんていつかはバレるものですもの。仕方ないわ」
アメリアはそう言いながら闖入してきた同僚達をいつもの細目をさらに細めて嬉しそうに眺めた。