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 取引も終えたし、後は昼飯を食べに行くのだろうかと思ったところに、師匠は路地裏に向かう。

(隠れ家的な飲食店でも行くのか?)

 疑問に思いつつ素直についていく。
入り組んだ道を曲がった先、仮面の美丈夫が壁に体を預けて腕を組んでいた。

「……よう」
「久しぶりですねぃ」

 旧知の仲だったのか。
軽く挨拶をした後、とりあえず酒でいいか? と彼は言う。

「酒以外もありますかぃ?」
「安心しろ。そこの飯は美味い」

 喋りながら路地裏を行く二人の背中を、慌てて追って歩く。
初めは無言で。
路地が深くなっていくにつれ、二人の肩は細かく震えてくる。
やがて、堪えきれないように笑い声が爆発した。

「ひゃははははっ! テオ氏、なんなんですかぃ?
あの棒演技!」
「あっはっはっはっ! 言うなイル! お前もよく乗ったよなぁ?! 見たか、あの詐欺師の顔!」
「見た、見た、見ましたよぃ! いやぁ、人間欲が絡むと(ろく)な顔をしませんねぃ!」

 ゲラゲラ笑う二人に、置いてけぼりにされてる自分。
しかし、聞き捨てならない単語が聞こえてきたものだから、思わず口を挟んでしまった。

「詐欺師……って、何のことですか、師匠」

 ひぃひぃ未だに笑いこけている使い物にならない師匠に代わり、仮面の旅人が答えてくれる。

「ああ、分からなかったよな。悪い」

 彼は軽い謝罪を口にした後、ひとつ指を立てて教えてくれる。

「あの男は、商人の(なり)をしているが、宝石関係の詐欺を働く小悪党でな。宝石を商人から粗悪品と買い叩き、客に高額で売りつける阿漕(あこぎ)な商売をしているんだ」
「それは、(ひん)の有無としてはともかく、商人としては正しい行動なのでは?」
商人(・・)ならな」

 意味深な低いトーン。
彼は、自分にとって衝撃的なことを口にする。

「アイツは、店を出す許可を取っていない」
「……えっ」

 それはありえない。
何故ならば、首都に出る市は、必ずこの国の王侯貴族に許可を取らなければならないのだ。
それは、他国から来た商人も一緒で、師匠だってうだうだと言いながらもキチンと手順を踏んで許可を取った。

「偽造してんだ。許可証を」

 ごくりと喉が鳴る。
言葉が詰まって、中々外に出てこない。
だってそれは、バレたら極刑物の大罪だ。
権力者の顔に泥を塗ることになるのだから。

「……よく、知ってますね」
「ああ。ここ最近、調べていたからな」

 ようやく出てきた言葉は、飄々と折り返された返事に敢え無く打ち返されてしまう。

「今度機会があったら許可証を見せてもらうといい。日に透かして浮き上がる許可文様が、アイツの許可証には出てこないはずだから」
「……商売自体は、真っ当に見えましたけどね」
「わたしも、やり方はともかく正規の手順を踏んで商売をしているだけなら、詐欺師なんて言わないさ」

 彼は肩を竦める。

「だが、アイツは宝石の種類をごまかし、安い宝石を(あたか)も高価な宝石のように見せて売っているんだ。しかも、手癖も悪いときた」
「あっ……」

 思い当たることが一点。
そう言えば、この人が声を掛ける前に、取引相手がエメラルドを()ろうとしていたことを思い出す。

「盗んだやつも、次の日にはしれっと商品に混ぜてるんだろうよ。……さて。果たしてこれが、真っ当な商売と言えるだろうか?」

 首を横に振ることで精一杯だった。
もしあそこで、彼が声をかけなければ、あの宝石はどうなっていただろう。

 考え込む自分の横で、ようやく爆笑の波が引いたと見える師匠が、衝撃的なことを口にする。

「にしても、エメラルドをヒスイとは! ボッタクリやしたねぃ、テオ氏!」
「えっ、あれはヒスイという話では……?」
「はは。わたしは一度も、あれをヒスイと断言はしていないぞ」

 よく思い出す。
ああ、そういえば。

 初めはヒスイと言ったあと、エメラルドと訂正された時は、冗談だろう? としか言っていなかった。
その後も、エメラルドとヒスイの違いを語るときでさえ、高品質のヒスイと低品質のエメラルドが同じ色をしていることしか言っていなかったし。

「随分姑息な言い回しをしてましたね……」
「嘘は言ってないだろう?」

 しれっと悪びれず言ってのける彼と、未だに笑い続けている師匠を見比べる。

(これが同類か)

 そう悪態をつかずにはいられない。
それと同時に、自分の師匠の目利きが間違っていなかったことに安堵する。

「……結局あれは、ヒスイではなかったんですね」
「ああ。エメラルドで間違いない」
「宝石にずいぶんと詳しそうでしたし、鑑定ができるのですね」
「いいや? わたしは宝石の鑑定なんてできないよ」

 軽い調子で宣う彼に、疑問を呈さずにいられない。

「え、それならなんで、あれをエメラルドと断言できるんですか?」
「ああ。簡単なことさ」

 仮面の中から、得意げな声が聞こえてくる。
きっと今、彼の表情は得意満面の笑みでも浮かべていることだろう。

「イルが、商品の目利きを間違えるわけがないだろう?」

 心の底から信じて疑っていない声音で、彼は言い切った。
そこには二人の間の、確かな信頼が見て取れた。

「いやあ、テオ氏にそこまで信頼されてるとは。照れますねぃ」

 然程照れていなさそうな師匠は、胡散臭い笑みに逆戻りしてしまった。
さっきの爆笑は、果たして夢だったのだろうか。
初めて見る表情だった。

「師匠、ところで。……こちらの方、ええっと、どのようなご関係で」
「ああっ! 紹介するのを忘れていましたねぃ」

 コホン、ひとつ咳払い。
師匠は大切な物を紹介する時のような声音で、彼を指し示す。

「では改めて。ゲヌト、紹介しましぃ。あっしの友人の、テオ氏ですぜぃ」
「テオだ。さっきはいきなり悪かったな。……しかし」

 じっと見られている気がする。
気がするではなくて、見られている。
仮面越しの目と目が合った。

「噂には聞いていたが、本当に子供を育てていたんだな、イル」

 一体どんな噂がどんな伝手で流れているのだろう。
聞きたいような、怖いような不思議な心地を感じていると、ヘラヘラした能天気な声で師匠が喋る。

「お互い様ですぜぃ。テオ氏もいつ拾ったやら、極東の姫を囲い込んでるって噂が聞こえて来てますよぃ」
「姫じゃないし、囲い込んでもない」

 じゃれ合う二人は、本当に仲がいいのだろう。
ちょっとした疎外感を感じる寸前、お腹がぐぅ、と大きく音を立てた。

「あ、放置してましたねぃ、ごめんねぃ」
「すまないな。すぐに昼にしよう」

 大人二人は慌てた様子で店へ入っていく。
子供の腹時計ひとつであわてる大人たちを見ていると、なんだか少し、可笑しかった。

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