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1-3-2

「これは?」
「ぬこ!」
「これは?」
「みっぬ!」
「あー、と言ってみてください」
「あー」
「いー」
「にー」
「やー!」
「にゃー!」
「よ!」
「にょ!」

 言葉の分からぬ異国の少女の教育は、それはもう難航していた。
ネコをぬこと言ったり、イヌをみっぬと言ってみたり。
一音ずつ発させるにしても、その規則性がよくわからない始末。
そのため、ノーカは作戦を変えた。
古い友人を頼ることにしたのだ。

「そんなわけなんです。ルフル。力を貸してくれませんか?」
「おお、本当に黒髪なんだ」

 その男は自称発明家、実質無職の古い友人。
普段何をしているのか全く見えてこないところが、ミステリアスと言いたいところだが、ただの無精(ぶしょう)とノーカは踏んでいる。
 しかし、たまに、本当にたまに、ハッとするような鋭い観察眼を発揮するものだから、もしかしたら彼なら、なにかヒントになるような事を見つけてくれるのではないか。
そう思ったのだ。

「それじゃあ、質問していくとしよう。君の名前は?」
「ウミ!」

 聞き取りができている、それは本当のことだった。
分からない語彙があったとしても、それがどういうものかを教えれば、次の瞬間にはそれを取り込んだ会話ができていた。
賢い。それに尽きる。

 しかしそれだけに、発音のルールが違うということが、ここまでコミュニケーションに大きく関わることになるとは。

 ルフルが、なにか打開策を見つけてくれればいいのだが。
ノーカは祈る気持ちだった。

「ようし、それじゃあ、もう一回聞くよ? 君の名前は?」
ウュミ(・・・)
(ん?)

 耳に違和感。
否、少女の発する言葉に違和感があった。

「ルフル、何をやっているんですか?」
チューニング(・・・・・・)だよ。ノーカ」

 ルフルは少女から目を離さずに、もう一回、と口を開く。

「さあ、教えてくれ! 君の名前は?!」
ユミ(・・)!!」

 はっきりとした発音で、彼女が自身の名を名乗る。

「なるほど、それが君の発音なんだね」
「ルフル。君は本当に何をやったんですか?」

 ルフルはようやく、少女から視線を外した。
彼の顔には、見慣れない眼鏡。

「これ、発明品だよ。名付けて、『異国旅行眼鏡(チューナー)』」

 この眼鏡は、言語の違う人間がこれで見られている間、眼鏡を着けている人間の言語に寄せて発音ができるという代物らしい。

「すごいじゃないですか、ルフル! ただの無職じゃなかったんですね!」
「ふふーん。もっと褒めてくれてもいいんだよ? ……ちょっと待って、無職って言った?」

 ルフルが何か言っているが、それ以上に道筋が見えてきたことに興奮を隠せない。
しかし、それもつかの間。

「ただ、これねぇ……。弱点があってさ」
「弱点?」
「これ、効力を発するのが、見ている間だけ、なんだよねぇ……」

 少女を見る。
ユミと名乗った少女はきょとんと、こちらを見ている。

「……これは?」
「みっぬ!」

 ノーカは膝から崩れ落ちた。





「ごほん。失礼しました」
「お気に()されず」
「まだ発音少しおかしいね」

 落ち着くために淹れたお茶は少し渋い。
ノーカはそれを飲みながら、横目でルフルを流し見る。

「それで? その発明品とやらでどうやって言葉を覚えるというんですか?」
「慣れさせるんだよ。繰り返すんだ」
「慣れさせる?」

 ルフルは頷く。

「要は、書き取りと同じさ。ノーカも人に文字を教えるとき、まずは書き取りをさせて形を覚えさせるだろう?」
「ええ」
「こっちの言葉で繰り返し発音させて、その形を覚えさせるんだよ。こっちの発音に寄せれるってことは、聞こえてくる音も同じなわけだから、段々矯正されてくと思う」

 多分ね。
最後に付け加えられた一言に、そこはかとない不安を感じるが、彼の言うことにも一理ある。

 それに。自分の名前ですら正しく発音できていなかったことを考えれば、どんな原理で動いているかも分からないこの眼鏡でもなんでも、利用してあげるのが一番の近道だろうとノーカは考える。

「……分かりました。ルフル、それを貸してはくれませんか」
「レンタル料取るよ?」
「世知辛いですね」
「当たり前。お金ないと食べれないもので」

 発明家なんて、ある意味夢見がちな職を選んだ友人は、現実的でもあった。

「普段どうやって食べてるんですか」
「ん? 最近できた恋人の話でも聞くかい?」
「またヒモやってるんですね」
「ヒモじゃないよぅ。お世話するのが好きな()が恋人なだけだよう」
「物は言いようですね」
「いずれ、ドカンとデカい山当てて、富豪になる男だからいいの」

 そんなことを宣う友人に、ノーカは呆れた顔を向ける。

「それ、クズ男の常套句ですよ」

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