配達ギルド
「いやぁ、カフェでの食事って言うから期待してなかったけど、ガッツリ肉料理も有るんだなぁ」
朝食を摂ったカフェを出た瞬間、ガストンが自分の腹をさすりながら満足そうに言う。
「このカフェは、護衛を連れて行くと懐柔出来ると令嬢の間では有名ですからね」
アンが抑揚なく応える。
本気なのか冗談なのか、いまいち判り辛く、ガストンとブレソールは苦笑する。
レベッカとリズは二人で話をしており、ガストンとアンの遣り取りには気付いていない。
「ところでレベッカ様。街にはどのようなご用件で?」
リズが隣を歩くレベッカに問い掛けた。
「配達ギルドで、特定配達便を送りたいのです」
「特定配達便ですか?!」
リズが驚いた声を出した。
特定配達便とは、爵位と名前だけで届く通常の手紙とは違い、送り主と受け取り側で取り決めた暗号を、配達ギルドへ届け出る特殊な配達方法だ。
大商会が取引先との金券の遣り取りで使ったり、高位貴族同士の重要書類を扱う案件で使ったりする
配達記録も残り、受け取った人が誰であるかの記録まで残される。希望すれば、配達した文書の内容まで記録に残る。
貴族でもあまり利用しない、高額な上に初期手続きがかなり面倒な、特殊な配達便だった。
配達ギルドへ着くと、レベッカは受付へ行き特定配達便の話をする。対応した職員……色気満載の受付嬢に怪訝な顔をされた。
若い女性が使うようなものではないので、当然と言えば当然の反応ではある。
「こちらが申込書になります」
受付嬢にその場で紙を渡され、レベッカは首を傾げる。
「あの、秘密保持の為に個室へ案内されると聞いていたのですが……?」
レベッカの言葉に、受付嬢は鼻で笑う。
「えぇ? それ、相手に騙されてません? 秘密の恋文か何かですかぁ?」
視線がレベッカの後ろの護衛二人へと向く。
「お兄さん達も大変ねぇ。世間知らずなお嬢様のお守りで」
レベッカを馬鹿にしたような態度をしながらも、受付嬢は護衛二人に愛想を振り撒くのを忘れない。
相手が男性か女性かで、態度が変わる人種のようである。
ガストンが無言で剣の柄に手を掛けた。
「も、申し訳ございません!」
配達ギルドの奥から、人を掻き分け壮年の男性が飛び出して来る。
レベッカ達の所へ辿り着くと、直角に腰を曲げながら謝罪の言葉を口にした。突然の男の登場と異様な態度に、周りの視線が集中する。
「ギルド長?!」
受付嬢が驚いた声を上げた。
ギルド長と呼ばれた男は、一瞬身体を起こし、鬼の形相で受付嬢の頭を手で掴み、また腰を曲げた。
ガンッと音がしたのは、気のせいでは無い。
「きゃあ! 痛ぁい!」
ギルド長の手を外そうと、
「配達の事を理解していない受付のようでしたので、上の者を呼んで参りました」
アンがギルド長が来た方向から、優雅に歩いて来る。
最初に受付嬢が挨拶をしたのを見て、すぐにギルドの奥へ行ったのだろう。
それにしてもレベッカが貴族の令嬢だとしても、これ程の対応をするのだろうか、と、周りで見ている者達は、好奇心を隠しもしない。
それを知ってか知らずか、ギルド長はレベッカ達を奥の部屋へと案内した。
「特定配達便をお願いします」
受付で言ったのと同じように、レベッカは特定配達便の申し込みをする。
ギルド長の横にいる秘書らしき者から渡された紙は、受付で渡された物とは違った。
受付で出された紙は『配達申込書』と書かれていたが、こちらで渡されたのは紙の質も色も違い、『特定配達申込書』と書かれている。
申込書にざっと目を通したレベッカは、困ったように微笑んだ。
「あの、この特殊暗号? というものを知らないのですが」
レベッカはテーブルへ紙を置き、特定配達で一番重要な部分を指差す。
「その代わり、これを見せるように言われました」
ギルド長が何かを言う前に、レベッカは首元からネックレスを引っ張り出した。
レベッカが取り出したネックレスには、3センチはありそうな宝石が付いていた。
淡い水色の宝石を、小さな白い石が囲んでいる意匠のペンダントトップ。
しかもその淡い宝石の奥の台座には、グリフォンが刻まれているのが、宝石越しに見えた。