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真の制裁




 魔法契約の本当の恐ろしさが判明するのは、夕食の準備をしていた時だった。
 昼は料理人達が倒れて用意出来なかった為、店で買った物を食べたから気付かなかったのだ。
 因みにロラは、気分が悪いと食事を拒否していた。


「料理長、何を作ってるんですか?」
 下拵えをする使用人が、怪訝な顔で料理長に問い掛けた。鼻を押さえているので、声がくぐもっている。
 通常では絶対に有り得ない事である。
「何って、夕食に出すシチューに決まってるだろ!」
 怒りを(あら)わに料理長は怒鳴りつけるが、使用人は引かなかった。

「それ、腐った臭いがします」
 その言葉に同意するように、顔色の悪い何人もの人間が頷く。
「は? 何を言ってるんだ?」
 そこで異を唱えたのは、魚のムニエルを作っていた料理人だった。
「あの……それも、臭いですよ」
 横から別の使用人がおずおずと口を挟み、ムニエルを指差した。


 怒った料理長は執事を呼びつけて、下働きをしている使用人全てを解雇するようにと、顔を真っ赤にして叫んでいる。
 それに同意するように怒っている料理人達と、解雇すると言われ青い顔をしている者。
 そこには明確な線があった。

「解雇する理由を聞いても?」
 執事は努めて冷静に問い掛けた。
「こいつらは、俺の、いや俺達料理人の作った料理が臭いって言いやがったんだ!」
 怒り心頭に発している料理長は、執事に食って掛かった。

「臭いですよ」
 執事は静かに、しかしきっぱりと言い放った。

「は?」
「厨房に入った瞬間から、腐った臭いがしております。何か腐った食材が置いてあるのかと思ったのですが、まさか料理の臭いだったとは」
 執事は鍋の蓋を開け、すぐに閉じた。

「味見はしたのですか?」
 執事に問われ、料理人達は顔を見合わせた後、全員が首を振る。
 自分達の腕に、絶対的な自信があったのだろう。作り慣れた料理だから、味見は必要無いと。

 執事は置いてあった小さいスプーンで鍋の中身を掬った。すぐに蓋を閉める事を忘れない。
 ほんの少量を口に含み、すぐにポケットからハンカチを出して口元へ持っていき、ペッと吐き出した。


「自分達でも食べてみると良いでしょう」
 執事はそれだけを言うと、厨房を出て行った。
 下級使用人達は、解雇される心配は無くなった。しかし身を寄せ合って、何やらコソコソと話している。

 執事に「臭い」と指摘された料理人達は、急いで料理の味見をした。
「うっ」
「不味い」
「臭い」
「腐ってる?!」
 味見をした者全員が、料理を吐き出した。

「匂いは普通なのに……」
 どうやら料理人達は、自分達の料理の臭いが判らないようだ。
 しかし、味は正確に判るらしく、顔を青くしている。
 一人の料理人が皆の顔を見回して言った。
「奥様の命令で()()()()の料理を作った者達では?」
 お飾り様とはレベッカの事で、ロラを奥様と呼ぶ為に付けられた蔑称だった。


「そういえば、ロラ様が何を食べても腐ってる、と文句を言ってたな」
 騒ぎを聞いて厨房を覗いていた給仕がポツリと呟く。
 朝、原因不明で倒れた者と同じ顔ぶれが、おかしな事になっていた。

 命令した者と、実行した者。
 無関係とは思えなかった。

 使用人達は、魔法契約の事など知る(よし)もない。
 ()()の命令に従っただけなのに、と納得がいかなかった。
 だが納得しようがしまいが、関係無い。
 (くだん)の料理人達が調理した食材は、全て腐臭を放ち、腐敗味になる事が判明した。

 しかし、彼等が解雇される事は無かった。
 原因がロラだったせいもあるが、ある意味支障が無かったからだ。
 ロラは全て、何を食べても腐った味に感じるようになり、ジョエルは何も感じなくなったから。

 一見ジョエルの方がましに見えるが、実はそうでも無い。
 味の変化が判らないという事は、毒にも気付けないという事である。
 そうでなくても、普通なら食べられないほど濃い味付けでも、気付かずに食べてしまう。

 毎日毎食、内臓に負担の掛かる食事を食べ続ければどうなるか。
 食事をするのが、恐ろしくなる。
 そしてそれを確認する術は、ジョエルには、無い。


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