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美味しい朝食



 身支度を整えたレベッカは、街のカフェで朝食を食べていた。
 フワフワだけど甘さ控えめのパンケーキと新鮮なサラダ。玉子料理とウインナーが二本。紅茶とデザートのフルーツ。
 同じ物をアンとリズも食べており、隣のテーブルでは、護衛の二人が朝からガッツリと肉料理を食べている。

 なぜ街カフェで朝食を食べているのか。
 それは、ブーケ家の厨房が機能しなくなったからである。


 あの一騒動の後、リズが調理場に食事を取りに行くと、レベッカ用だという料理の載ったワゴンを示された。
「これは本当にレベッカ様の朝食ですか?」
 念の為に確認すると、料理長がそうだと答え、ほとんどの料理人やキッチンメイドがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

 そして、倒れた。

 リズがワゴンに載せられた料理から銀の蓋(クローシュ)を外し、中を確認する。
「あぁ、これでは()()されるわ」
 レベッカ用とされた料理は、焼き過ぎて真っ黒に焦げたパンと、(しな)びて一部腐っている野菜。それに何が入っているのか、異臭を放つキッシュだった。

 調理した者、準備した者、同意した者達は、魔法契約書の『生活の保証』に抵触している為、即座に制裁を加えられたようだ。

 無事だったのは下級使用人ばかりで、料理の(した)(ごしら)えや片付けが専門の為、調理をする者がいなくなってしまったのだ。
 当然、朝食が作り直される事はなく、レベッカ達は街へ出るついでに、カフェで朝食を摂る事にした。


「魔法契約って凄いのね」
 デザートを口に運びながら、レベッカが感心したように呟く。
 朝のウッドヴィル伯爵邸を思い出していたのだろう。
 皆が慌ただしく動き回っているのが、レベッカの部屋まで聞こえていた。

 実際、厨房で大勢の使用人が倒れた事により、屋敷の中は大混乱に陥っていた。
 倒れた者を運び出し、主人であるジョエルが呼ばれた。
 ジョエルと共に居たらしいロラも一緒に来て、厨房内を見て顔を青くしていたらしい。
 全てはその場に居たリズからの報告である。

「でも命令をしたロラ様は無事なのね」
 レベッカが不思議そうに首を傾げた。
 確かに一番の元凶であるロラが何も無いのは、何となく片手落ちというか、腑に落ちない。
「魔法契約は、それほど甘いものではありませんよ」
 アンが静かに、無表情で告げる。

 その感情の起伏のない様子が殊更(ことさら)恐ろしく見え、それ以上誰も何も聞かなかった。
 その後は皆で食事に集中し、カフェを後にした。



 丁度同じ頃、ウッドヴィル伯爵邸の食堂でも、朝食が摂られていた。
「何これ! ちょっと! 腐った物なんて出さないでよ!」
 キッシュを一口食べたロラが叫ぶ。
 テーブルには、レベッカに用意されていたものと同じメニューが並んでいた。
 ただし、きちんと調理された、()(ごく)まともな食事である。

 とりあえず調理が終わっていた朝食が、ジョエルとロラに提供されたのだ。
 屋敷の主人夫婦用に調理された朝食である。レベッカ用とは違い、きちんとした食事のはずだった。

「も、申し訳ございません……?」
 給仕が慌ててロラの皿を下げる。
 しかし、どう見ても普通のキッシュだった。
 厨房へ戻り匂いを嗅ぎ、手のつけられていない端を少しちぎり、口に入れた。
「普通のキッシュだ。腐ってなどいない」
 給仕は戸惑いながら、他の使用人にも味見をさせた。
 結果は同じだった。

 その後、ロラはサラダもパンも一口しか食べなかった。
 逆にジョエルは全てを平らげたが、食事中ずっと首を傾げていた。
 途中で使用人が引くほど調味料を掛けていたが、何も言わずに食べていたのが、異常と言えば異常だった。


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