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実家から来た護衛




「ジャイルズ伯爵騎士団、ブレソール・ビゼーと申します」
 立派な鎧を身に着けた騎士が、胸に拳を当ててレベッカに挨拶をする。
 ジャイルズ伯爵とは、レベッカの実家であるエルフェ家の持つ爵位名である。
 挨拶をされたレベッカは、困惑を隠しきれない。

「同じくガストン・リクーと申します! これからよろしくお願いします!」
 こちらは鎧ではなく、隊服らしき物を着ている。
 鍛え上げられた肉体は、間違いなく戦闘を生業(なりわい)とする者のそれだ。
 問題はそこではない。そこは疑っていない。


「うち、騎士団などありましたかしら?」
 レベッカが最初から感じていた違和感を口にした。
 どう見ても見覚えのない、初めましてな屈強な男二人は、レベッカの実家から派遣されて来たと言うのだ。

「ご結婚が決まった時に、設立されました!」
 ブレソールが笑顔で答える。
 腹芸など出来ない、実直な男に見える。
 それにいくらレベッカに関心の無かったジョエルでも、実家から派遣される護衛の身元調査くらいはするだろう。

 朝の悶着は、まさかレベッカの護衛が自分を排除するとは思わなかった為だろう。
 腐ってもジョエルはブーケ家当主であり、ウッドヴィル伯爵である。


 ガストンが隊服の内ポケットから手紙を取り出し、レベッカへと差し出した。
「こちら、ジャイルズ卿からのお手紙です」
 そこに押してあるのは、間違いなくジャイルズ伯爵が代々使っている封蝋である。
 手紙を受け取ったレベッカは、護衛二人の顔色を(うかが)いながら、手紙を慎重に開いた。

 そこには見慣れた、几帳面な父親の字が並んでいた。
 ブレソールの言ったとおり、レベッカの結婚が決まった時に騎士団を設立した事、二人がそこに所属する兵士と騎士である事が明記されていた。

 騎士団を作ります! 優秀な人材がたくさん応募してきました! はい、騎士団の完成です! と、そう簡単になるものだろうか?
 そもそも国境に近くもなく、破落戸(ならずもの)達が根城にするような山が人里近くに在る訳でもないエルフェ家の領地に、はたして騎士団が必要なのだろうか。
 疑問は尽きない。


「これから味方も敵も増えますからね!」
 ガストンが笑顔で言う。
「え?」
 意味が解らなくて手紙から顔を上げたレベッカは、後頭部を叩かれているガストンを目撃した。
 叩いたのは、ブレソールである。
 簡易鎧でガントレットまでは装備していないのが幸いの、かなり本気な音がした。

「ちょ、団長ぉ」
 ガストンが涙目でブレソールを見上げる。それをブレソールは威圧を込めて睨みつけた。
 ガストンが慌てて両手で口を塞ぐ。

「申し訳ございません、レベッカ様。こやつとは前職で一緒だったのです」
 ブレソールが頭を下げながら、言い訳らしきものを口にする。
 おそらく、今のジャイルズ伯爵所有の騎士団では、団長では無いのだろう。


「これからよろしくお願いしますね。ブレソール、ガストン」
 レベッカは、父親の手紙を信用する事にし、深く考える事を放棄した。
 これからのジョエルとの関係を考えると、護衛が二人もいてくれるのは大変有難いし、安心出来るのは確かだから。

 手紙には騎士団の説明の他に、ブーケ家でのレベッカの待遇や体調を心配する言葉が並んでいた。
 直接的な表現ではないが、新婚二日目……護衛が朝から居た事を考えると、結婚式当日か下手をすれば前日に、幸せな花嫁に向けて書く内容では無い。

「まさかお父様はジョエルの本性を知っていたのかしら……」
 自分で言っておいて、それは無いだろう、とレベッカは頭を振る。
 誰よりもレベッカの幸せを願ってくれる、優しい父である。

 それにもし父親が知っていたのなら、実質エルフェ家を牛耳っている母親が知らないはずはない。
 例え知ったのが結婚式当日でも、あの母ならば結婚を取りやめて、ブーケ家が傾く程の慰謝料を請求しているだろう。

「結婚って、思ったよりずっと大変だわ」
 思わずレベッカは溜め息を零していた。


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