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幸せとは



 自室に戻ったレベッカは、どこを見るでもなくただソファに座っていた。
 幸せな結婚式だった。
 家族や友人に祝福され、これからもその幸せが続くものだと……。
「幸せ、か」
 レベッカはポツリと言葉を零した。

 自分は本当に幸せだったのか、と、ふと考えてしまった。
 ジョエルの事は、嫌いでは無かった。
 だが愛していたのかと問われれば、即座に首を横に振っただろう。
 好きだと告白され、何度も求婚され、周りからもお似合いだと言われ続け、気が付いたら自分もそのように感じていたように思う。


 貴族の結婚は政略が多い。
 請われて嫁ぐのは、とても幸せな事だと言われて、その気になっていた。
 その結果がこれである。
 政略結婚よりも、更に酷い。
 何しろ偽装結婚だ。
 初めから契約結婚だと言われていた方が、まだマシだっただろう。
 その場合、間違いなく拒否しただろうが。

「愛してる」「君以外に要らない」「君と結婚出来なければ、僕は一生結婚しない」
 婚約前や婚約中に、ジョエルに言われた言葉達。
「(自分に都合が良い君を)愛してる」「(お飾り妻の)君以外に要らない」「君と結婚出来なければ、(愛人と暮らせないから)僕は一生結婚しない」
 あぁ、ジョエルの言葉に嘘は無かったのね、とレベッカは自嘲する。
 騙された自分が馬鹿だったのだと。


「白い結婚……」
 レベッカは、テーブルの上に放ってあった契約書の控えを手に取った。
「愛人を作る事、と明記されているわ」
 レベッカの表情に、感情が戻ってくる。
 喜びという名の、表情が。

「アン、明日は何か予定があったかしら?」
 レベッカの為の寝支度を整えていたアンが、手を止めた。
「明日は護衛が二人来ますが、それ以外は特にございません」
 護衛がいるのなら、屋敷から出るのも安心だろう。

「手紙を出しに行きたいの」
「手紙、ですか? リズが出してきましょうか?」
 アンの問いに、レベッカはいいえ、と笑顔で答える。
「特別な手紙だから、私が直接送らなければいけないの」
 明るく話すレベッカへ、アンはかしこまりました、とだけ応え、頭を下げた。



 翌日、レベッカはジョエルの怒鳴り声に起こされた。
 部屋の中にジョエルが居るわけでは無い。
 廊下で騒ぐジョエルの声が、レベッカの寝室まで響いてきたのだ。

「いいから出て行け!」
「トーマスを離せ!」
「俺はここの主人だぞ!」
 ジョエルの台詞の後に少し間が空くので、誰かと会話をしているようだった。

「ふざけん、いててててて! 離せ!」
 一際大きな声が聞こえたと思ったら、アンとリズが姿を現した。
 どうやら部屋の扉を開けて二人が入って来た時に、丁度ジョエルが叫んだらしい。


「おはようございます、レベッカ様」
 アンが何事も無かったかのように、朝の挨拶を口にする。
「ハエもコバエも部屋には入れないのでご安心ください」
 リズが朝の支度に必要なお湯やタオル等を載せたワゴンを押しながら、ベッドサイドへ近付いて来た。

「朝の支度が整ったら、護衛の二人を紹介しますね。なかなか良い仕事してましたよ」
 リズがとても良い笑顔でレベッカに告げる。
 良い仕事というのは、ジョエルとトーマスを部屋の前で食い止めた事だろう。

 魔法契約でお互いの生活には干渉しない、となっているのだが、何か抜け道が有るのかもしれない。もしかしたら、今朝はそれを確認しに来たのかもしれない。
 契約書など、いわば言葉遊びみたいなものである。
 解釈によって、いくらでも隙を突けるのだ。

 レベッカも()()を利用しようとしていた。
「旦那様、私を(だま)して妻にした事、後悔しないでくださいね?」
 まだ騒がしい扉の方を向いて、レベッカは笑顔を浮かべた。


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