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無垢なる過怠編 3


 対ビルバオ大臣戦が始まった。
 いや、“対エールディ軍との戦いが始まった”と言った方がいいだろう。

 戦場となる場所は俺んちのあたり。つーかヨール家の屋敷がこちらの陣営から見える。
 これさ。この戦いで絶対俺ん家破壊されるだろ。

「……」

 ――まぁ、この際それは仕方ないとして。

 見渡せば、すんげぇ数の敵兵が俺の視界を埋め尽くしていた。
 その数280万。対するこちらは50万弱。
 とはいえあっちは大半がエールディの市民兵だし、こちらは訓練された軍だ。
 戦力的にはこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 相手が民間人……じゃなかった。民間魔族だから、戦うのめっちゃ気ぃ引けるけどな。
 バレン将軍からはできる限り命はとるなと言われているが、それもしかたない。むしろその命令が俺にとって気休めとなっている。

 んでもってそんな戦場において、俺の配置は右翼の最前線だ。
 なんでもさ。ドルトム君曰く俺たち鉄砲部隊は右翼に布陣するのが適切なんだと。

 これは俺もよくわからんのだけど、人間と同じく魔族も右利きが多い。つまり武器は右手で盾は左手。
 その集合体である軍も、右翼を攻撃、んで左翼には防御という役割を与えると非常に戦いやすいとか。

 なので俺たちは右翼側で攻撃の中核を担い、鉄砲の銃弾で敵を盾ごと貫いてほしいとのことだ。

 へぇー……と。
 俺にはそれしか反応できん。
 でもまぁ、俺たち鉄砲部隊はそんな攻撃部隊の最前線だ。それだけ評価してくれているんだから、うれしいことだよな。

 それはさておき、戦争だ。
 今現在お互いが掛け声を上げ戦意を高めている最中だ。
 俺たちも興奮しながら本陣から寄せられる攻撃開始の合図を待っている。

「まさか右翼側の前線を任されるとは、驚きましたな」
「えぇ。でもこれもドルトム君の命令。やるしかないでしょう」

 そんなことを副隊長と会話しているうちに戦いの火ぶたが切って落とされそうだ。
 だがお互いのボルテージはまだ8割程度。それがマックスになったとき、ドルトム君は突撃開始の命令を下すだろう。

 と、その前に……。

 ここでこちらには1つの策略がある。
 国王の姿を敵に見せること。
 これで敵の戦意を失わせる。

 俺がドルトム君に提案したことなんだけど、そろそろかという時に国王が出てきた。
 金色の布にニンジンの紋章を記した軍旗。それと一緒に国王は本陣から颯爽と駆け出し、敵と味方の中間点へと移動した。

「ひひーんっ!」

 声は馬のそれだけど、とんでもない魔力によって国王の叫び声が戦場全体に響き渡る。
 すさまじい重低音を交えて広がったその声は、敵に動揺を走らせた。

 ふっふっふ。まずはこれぐらいの威嚇でいいだろう。
 この戦いはおそらく1日では終わるまい。
 この件が敵兵の間で噂になれば、国王に刃は向けられないという輩が今夜あたり脱走兵になるだろう。

 その数は5万や10万じゃきかないはず。その影響はビルバオ大臣側の正規兵にだって影響を与えかねん。

 結局、相手は寄せ集めの民兵。そういうところが甘いんだよ、ビルバオ大臣は。

 でも注意しとくべき部隊もある。
 敵のヴァンパイア部隊だ。
 そのままこちらの本陣に突っ込んでもバレン将軍のもとまで届くであろう巨大戦力で、もしヴァンパイアの集団が動き出したら俺たちもヴァンパイア部隊を戦場に送る手はずとなっている。

 だけどさ。それにしても不可解なのが味方の陣形な。
 鶴翼陣形ってやつらしいんだけど、俺たちはその陣形を敷いているんだ。
 普通、これは敵より戦力が多い場合に盤石の防御をする陣形だと思うんだけど、それをドルトム君はあえて選んだ。
 ちなみにそんなこっちの陣形を見て、敵は三角形の頂点をこちらに向ける超攻撃型の陣形を敷いている。
 280万の兵がそんな陣形で突撃してきたら、我々はど真ん中を貫通されて、右翼と左翼が分断されかねん。

 とドルトム君に意見してみたら、

「大丈夫。こちらは職業軍人の集団。むしろ鶴翼で相手を囲むぐらいが数の少ないというこちらの現状を好転させることができるんだ」

 だとさ。

 もちろんドルトム君に流暢な言葉使いでそこまで言われたら俺は何も言い返せん。この陣形にはさらなるからくりが準備されているしな。

 中央の本陣で全軍の総指揮を執るドルトム君。
 そして右手のこぶしの役割を担う我が鉄砲部隊。
 それがどう生かされるか、ドルトム君の才能の見どころだ。

「戦闘が始まりますな」

 その時、俺の思考を遮るように副隊長がつぶやいた。
 俺が意識を前に向けると、敵陣の方から太鼓の音が鳴り響き、最前列の兵たちが雄たけびを上げながら突撃し始めるのが見えた。

 それを見て俺たちも動き出す。

「ぜんたーい! 前へ進め!」
「うぃーっす!」
「しゃー! やってやりましょうぜ、隊長ッ!」

 俺の掛け声に対し、部下がいつものノリで動き出す。
 鉄砲部隊を動かしつつ、タイミングによっては上級魔族を前に出して敵に応戦。
 結果、俺たちは敵の先陣を真横からぶった切ることに成功した。

 しかしながら、俺たちは止まらない。
 敵の戦闘部隊の陣形を崩したら、そのまま反時計回りに回転して左翼側へ。
 同時に、フォルカーさんたちのいる左翼部隊が中央本陣の背後を回り込む形で右翼へと移動していた。

「ふう……」

 敵がいなくなったところで俺が一息ついていると、フォルカーさんのいた左翼が右翼となりつつ、敵陣へとさらなる攻撃を加えていた。

 ちなみにあっちはほとんどがフォルカー軍であり、そこに旧マユー軍の残党を交えた混合部隊だ。
 あっちもあっちで強力な兵たちが名を連ねているが、これがドルトム君の仕組んだからくりだ。

 普段は鶴翼陣形を敷き、それを回転させる。
 敵を攻撃しつつ、ちょいちょい休憩もはさめるという渾身の陣形だ。
 もちろんいざという時には本来の守備陣形を保つこともできるので、ぬかりはない。

「おおー。すごい」
「えぇ、敵陣の先頭が見事に崩されましたな」

 そんな波状攻撃の結果、フォルカーさんたちの猛攻によって敵陣があっさりと削られる。
 俺たちはというと、味方本陣の背後を迂回するように移動しながら、少しの休憩だ。

 そしてフォルカーさんたちが敵と一定時間交戦し終えるまで、俺たちはまたまた右翼の位置で待機。
 しばらくすると本陣の手旗信号部隊がフォルカーさんたちの退却を伝え、同時に、俺たちに対する突撃命令を下してきた。

 んでもって再度敵の先方部隊に横から突撃。
 といってもこの頃になると敵の突進力は消失し、敵兵の中には逃走を図るものさえ出始めていた。

「逃げている敵兵は狙わないでくださいね。おそらくそれらはエールディの民兵ですから」

 士気の低い敵兵は十中八九この戦いに駆り出されたエールディ市民だろう。
 なのでそういう輩は狙わずに、それらを束ねる部隊の指揮官クラスの魔族にのみ鉄砲の照準を合わせさせる。

「構えて構えて……発射ーッ!」

 そして例によって俺の掛け声に合わせて一斉射撃。
 その後、各々が次弾装填と発砲を繰り返し、敵との距離が縮んだところで上級魔族に蹂躙させる。

 そんな戦いを行うことで、およそ2万の敵先頭大隊を壊滅に追い込んだ。

 まぁ、これでまだ280万分の2万なんだけどさ。
 それでもこちらの被害がほとんどない状態でこれだけの戦果を挙げたんだ。上出来だろう。

「くっくっく。ドルトム君の才能、ここに開花せざり……ふっふっふっふ」

 よくわからんテンションになっていたため、俺は壊滅した敵大隊の姿をにやついた表情で見つめながら不敵に笑う。

「だ、大丈夫ですか? 隊長殿?」
「はっ! え……いや、あの、大丈夫ですよ! れ、冷静にいきましょうね。冷静に……冷静に……」

 その笑みを副隊長に見られていたため、俺は適当にごまかしておいた。


 しかし、戦場はそんな俺の油断さえ即座に諫める。
 戦場に漂う不可解な魔力。
 その魔力に気付き、俺が目を凝らして遠くを見てみると、敵のヴァンパイア部隊が前線へと移動していた。

「来たか……」

 俺は副隊長に部隊の指揮を任せ、本陣へと行く。

「それにしても……早いな……」

 これはつまり、ビルバオ大臣がエールディの民兵は使い物にならないと判断したということ。
 なので直属のヴァンパイアたちを先陣へと移動させ、戦況の立て直しを図った。
 そういう意味ではビルバオ大臣の判断は早い。

 ただの大臣かと思っていたらそういう判断力もありやがる。その点は警戒する必要があるが、同時に俺たちの戦いっぷりも敵の予想を大きく上回ったということだ。
 これは喜ぶべきだろう。

 いや、そんな油断もしている暇はない。

 気づけばバレン将軍の本陣からも闇羽をはじめとするヴァンパイア部隊が飛び出していた。
 早速ヴァンパイア同士の戦いだ。

 もちろん俺もヴァンパイアなので、その戦いに脇からちょこっと混ざることにする。

「とーりゃー!」
「おう。来たか、タカーシ!」
「タカーシ様? 決して無理はしないでくださいね?」
「はい。バーダー教官もアルメさんも、僕の護衛お願いします!」

 魔力だけならこの国でもトップクラスの俺、それを幻惑魔法のみに集中させ、敵の幻惑魔法を打ち消す役目に集中する。
 その時の護衛はもちろんバーダー教官と、アルメさんだ。

 ちなみにあれ以来、バーダー教官からは避けられている節がある。
 昨日も。そしておとといの夜も。

 もうさ、それだけで泣きそうなんだけど。
 でもこの時ばかりは幻惑魔法に集中してまともに動けない俺の護衛をしっかり務めてくれているし、今回はアルメさんもしっかり俺の護衛をしてくれていた。

「よし!」

 軽く掛け声を上げ、俺は幻惑魔法に着手する。
 今回の幻は敵ヴァンパイアに『幻惑魔法が使えなくなる』というものだ。
 俺としてはそこにさらなる不随効果を付け足したかったんだが、できるだけ条件はシンプルにしつつその有効範囲を少しでも広く。
 1体でも多くのヴァンパイアに俺の幻惑魔法を効かせるというのがドルトム君から与えられた俺の役目なんだ。

「ふぬおぉぉぉおぉおぉぉおぉぉぉ……」

 俺は気合を入れ、魔力を最大限まで広げる。その周囲でバーダー教官やアルメさんの攻撃を受けたヴァンパイアたちの血しぶきが舞った。
 一見するとおぞましい光景だけど、2人が俺をしっかり守ってくれている証拠だ。
 なので、俺は安心して……

「おい! あれがヨール家のせがれだ!」
「うむ。やたらと巨大な魔力を放出しているな!」
「やつを狙えーッ!」
「気配を消す前に、あいつを早急に始末するんだ!」

 敵の発言でなぜか俺がターゲットになっていることを知り、俺の安心感は一気に不安へと変わった。


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