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無垢なる過怠編 1


 国王を救出した後、俺たちは爬虫類系のお兄さんたちと合流してエールディを脱出した。

「はぁはぁ……追手は?」
「来てるっすねぇ……数はおよそ150……半数が上級魔族っすかね。こりゃ我々の手には余る戦力っすわ」
「マジかぁ……」
「マジっすよ。どうします、タカーシ様? 下手をすると追いつかれる可能性が?」

 バレン将軍の領地へと向かう“高速道路”の途中、そんなことを話しながら、俺たちは次の山へと跳躍する。
 くっそ。せっかく国王を救出したのに、まさかここまでしつこく追っ手を差し向けられるなんて。
 しかも何? ヴァンパイアの上級魔族が70以上も?
 そんなん相手にしたら、自然同化を使える俺とそんな俺に触れている国王はともかくとして、それ以外のメンバーが全滅しかねん。

 ごきゅごきゅごきゅ……

 万が一に備え、俺は国王を背負いながら腰元の瓶に入っていた血液を補充する。
 今日の血液は出発前に双子の兄妹が俺にくれたもの。
 新鮮だし、若い人間の血とあってやはり美味い。

 ――なんて食レポしてる場合じゃねぇな。

「マユーさん? 王子? 魔力の残量は?」
「ん? うーん……そうだね、残り2割程度といったところか」
「余もそれぐらいじゃ。少しまずいな……」

 やっぱりな。俺はこれで魔力を補充できるけど、マユーさんと王子は魔力が枯渇している。
 マユーさんも王子も疲弊状態。国王に至ってはさらに消耗状態。
 さすがの爬虫類系のお兄さんたちもヴァンパイアを相手に勝ち抜けることができるとは思わない。

 ならば選ぶ道はただ一つ。全速力でバレン将軍の領地まで逃げること。

 不幸中の幸いなんだけどさ。往路の時に王子が山々の関門を突破してくれていたからな。
 俺たちは敵魔族が倒れている山頂を飛び越え続けるだけで済んでいるんだ。
 もし王子がエールディに向かう時に暴れてなかったらこうはならなかっただろう。

 しゅた……しゅた……

 俺たちは音もなく静かに山々を飛び越え、でも敵の追撃がまじはえぇ。
 これはやはりヤバい。いざという時は俺が囮になって国王と王子を逃げ切らせないと。

 と思ったのもつかの間……。

 俺が覚悟を決めた次の瞬間、俺たちの進行方向から新たな魔力を感じ取ることができた。

 バレン将軍と闇羽の一味。もちろんその中にはアビレオンとディージャもいる。
 まじか! バレン将軍が助けに来てくれていたのか!

「よくやったぞ、タカーシ。あとは任せろ」

 徐々にお互いの距離が接近し、すれ違い間際にバレン将軍からそんなことを言われながら俺は膝をつく。
 魔力の補充は済んでいたけど、体の方が持たなくなっていたんだ。

 しかしそんな過酷な状況もこれで終わり。バレン将軍がいるからな。

「皆の者! 迎撃しろ!」
「おーっ!」

 んでバレン将軍たちが追手のヴァンパイアたちとの交戦に入った。
 多種多様な魔法を駆使しつつ、しかしながらすさまじい剣捌きでバレン将軍は敵を切り倒していく。もちろんそこにはお互いヴァンパイアということで、幻惑魔法の掛け合いも始まっていた。

 たまにそれら幻惑魔法が流れ弾のように俺のもとにも届いたが、俺も幻惑魔法を使って援護しておくことにする。
 俺とバレン将軍の幻惑魔法が敵の幻惑魔法空間を消し去り、上書きする。
 んでもって敵が苦しみ始めたところで、アビレオンの攻撃魔法が敵の布陣のど真ん中で爆発した。
 そのすぐ後にはディージャがおびえた声を出しながら突撃。他の闇羽メンバーも後に続き、双方が接近戦へとなだれ込んだ。

 とその時、俺の脇を2つの影が通過する。
 バーダー教官とアルメさんだ。

「わーおぉぉおおおぉおおぉぉぉーーーーん」

 山中に響き渡るような遠吠えをかましつつ、アルメさんが戦場へと突入していく。
 つーかアルメさん! 俺のこと守れってば!
 いや、待て。代わりにバーダー教官が俺たちの近くにとどまってくれている。

「タカーシ? 大丈夫か?」
「えぇ。それより国王様が……」
「おぉ、陛下がそこにいるのか? というかそこにいる気配、本当にタカーシだよな?」

 あっ、俺自然同化魔法使ったまんまだったわ。バレン将軍にはバレてたけど、バーダー教官は俺の姿を認識できていないらしい。
 じゃあ、それを解除っと。

 俺が自然同化魔法を緩めると同時に、バーダー教官が国王の姿を確認して片膝をつく。

「陛下! ご無事で何よりです」
「むう。此度はタカーシに助けられた。タカーシの労をねぎらってやれ」

 いや、俺だけじゃなくて王子とマユーさんも頑張って……ってかあれ? あの2人は?
 疑問に思った俺は魔力探知に意識を向ける。
 よくよく集中してみれば、なぜか王子とマユーさんも戦いに混ざっていた。
 魔力少ないくせに、その魔力が切れる最後の最後まで戦い抜くつもりらしい。

 どんな体力だよ。
 しかし、俺はもうだめだ。
 なんというか魔力とは違う次元で体中の筋肉がビシビシいってるし、精神的にも疲れた。
 というわけで俺はここで休ませてもらおう。

「バーダー教官?」
「ん?」
「ここで僕と国王様を守ってもらっていてくれませんか?」
「あぁ、わかった」


 この言葉を最後に、俺は安心しながら深い眠りへとついた。


 ――夢の中、俺はバレン将軍とヘルちゃんから、武力を背景とした手法で同時に求婚されていた。


 というまったくもって嫌な状況に陥れられ、そして俺は目覚める。

「うーん」

 場所は見たことのない部屋。そしてみたことのないベッドの上。
 しかし、ここがどこかについては大方の予想がつく。
 窓の外から入る太陽の光と魔力の流れ。間違いなくバレン将軍の城だろう。
 時刻は昼過ぎぐらいといったところか。

「おいしょっと……」

 俺は起き上がり、ベッドを降りる。
 猛烈な尿意をもよおし、急いでマントを羽織ると部屋のドアを開けた。
 廊下に出ると、セビージャさんがちょうど部屋の前を通り過ぎるところであった。

「あら、タカーシ様? もうお目覚めで?」
「えぇ。僕はどれぐらい寝ていましたか?」
「あれから丸2日、すやすやと眠っておられましたよ」

 マジか!そんなに寝てたんか!?
 そりゃ小便もしたくなるわ。

 ――じゃなくて、今の状況は?

「セビージャさん! あれからどうなりました!」
「えぇ。国王陛下もいくらか回復なされ、今現在、今後の方針を決める会議が催されています。それより何か食べますか?」

 俺はセビージャさんに果物の類を頼み、会議室へと向かう。
 いや、その前にまずはトイレだ。
 俺は近くにいた魔族にトイレの場所を聞き、用を済ませた。

 そしてお次は会議室へ。
 しかし、俺は会議室へ入るとともに足を止める。
 主要メンバーが集まる重要な会議。
 真昼間にもかかわらずカーテンを閉め切って、怪しい雰囲気を醸し出しながら会議が催されていた。
 これ多分ただの雰囲気づくりだ。魔族だからって今更そんな小細工いらねぇよ。

 なのでなんかむかついた俺はカーテンをシャーって開き、一同に向かって面倒そうに言う。

「天気がいいので明かりを入れますね……」

 その行為に対して、バレン将軍が慌てた様子で言った。

「何をするタカーシ! せっかくいい雰囲気で会議をしていたのに!」
「そういうのいいですから。それで……僕の席は? 資料はありますか?」

 もうさ。俺もいっぱしの重役だ。国王を助けたんだからな。
 ちょっと調子乗っている感も否めないけど、さも当然のように出席者づらをしてもいいだろう。

「あぁ、お前の席はそこだ。早く座れ」

 ほらな。親父も当然のように俺の出席を認めている。

「はい」

 なので親父に指示された席に座り、資料を見る。
 そのタイミングに合わせ、バレン将軍が会議を再開させた。

「タカーシは先に資料を読んでおけ。それで……次はエールディの城の状況です。これは陛下よりお教え願いたいのですが?」
「あぁ、敵ヴァンパイアの数はおよそ3800。その他主要魔族の一族も敵側についている」

 多いな。ヴァンパイアは総じて上級魔族に属しているから、これだけで超一大勢力だ。
 しかもその勢力に他の種族も加担しているだと?
 さすがはビルバオ大臣といったところか。それなりに支持を受けていた国王をあんな状態にしておきながら、それでもすさまじい数の味方を作りやがった。

「なぜそのような状況に?」

 俺の疑問をバレン将軍が代弁するように質問し、それには爬虫類系のチャラいお兄さんが答える。

「これはエールディの世論とも関係があるんすけど、今回の事件の真犯人はバレン将軍ということになっているっすね。
 エールディの民衆の間では、バレン将軍の反乱が未遂に終わり、でもその結果、国王は年齢を理由にビルバオ大臣に全権を移譲なされたということになってたっす」

 いや待て。それはおかしいだろ。おかしすぎるだろ!

「……」

 しかし俺は無言を貫く。
 情報が錯綜している状態。むしろエールディでは今頃俺たちが国王陛下を拉致したという噂だって広がりかねない。
 ビルバオならそれぐらいの世論誘導ぐらいやってのけるだろう。

「そうか」
「えぇ、今や我々は立派な反乱軍っす。なので敵はこちらに向けて戦力を整えている。
 エールディの一般市民もどれぐらいが兵として駆り出されるか。
 おそらくとてつもない数になるっすね」

 爬虫類系のお兄さんが虚空を見つめながらつぶやくように言い、一同が沈黙する。
 全員の脳裏に浮かぶのはかつてないほどの激しい戦い。
 下手をすれば数十万~数百万という見渡す限りの魔族が敵となる。

 そんなもん、たとえこちらが訓練された軍隊だとしても苦戦は必至。エールディの兵だって俺らと変わらん魔族だからな。
 敵が人間だった西の国との闘いとはわけが違うんだ。

 しかし、希望はある。
 沈黙を無理やり破るように、今度はバレン将軍が口を開いた。

「ラハトの奴と連絡が取れた。向こうはサメドゥの軍を始末してからエールディに向かうつもりらしい。
 ソシエダとアレナスは放っておけ。国王陛下がご存命だと知れば勝手に争いを辞めるだろう」

 そして親父も。

「あと、東の国からマユー殿を慕って幾多の亡命者が流れ込んできております。もはや一軍を組織できるほどの数になっておりますので、それらの兵もこちらの戦力として計算できましょう。
 その結果、食料が足りないという問題も浮上しておりますが、タカーシの農作業務の加速化の件、早めに着手することにしましょう」
「むう。エスパニの言う通りだな。タカーシ? 例の件、頼むぞ?」
「はい。早急に……」

「それじゃ……最後、ドルトムからは何かあるか?」

 最後に、バレン将軍がドルトム君に話を振る。
 ドルトム君から一時的な軍の再編案を提示され、会議は終わった。


しおり