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天地の擾乱編 9


 城門を抜け、俺は玉座の間へと急ぐ。
 この城は勝手知ったる我が家のようなもの。
 まぁ、例の結界がどこにあるのかわからないからとりあえず城の中枢部にある玉座の間へ向かっているだけなんだけどさ。

 廊下を走りとある十字路に差し掛かったところで、右側の通路から叫び声が聞こえてきた。

「なんだ貴様! 侵入者かっ!」

 おっと。自然同化魔法を発動し忘れたな。
 なので俺は即座に自然同化魔法を発動し、自身の気配を城の雰囲気に紛れ込ませる。

「き、消えた……?」

 ついでに幻惑魔法を使ってこのヴァンパイアが今俺を見たという記憶を……めんどくせぇな。

「ふん!」

 あんまりこういう暴力的なことはしたくないんだけどさ。幻惑魔法を使うのが面倒だったから、そのヴァンパイアには後頭部に重い一撃を加えておいた。
 結果、俺の一撃を受けたヴァンパイアは廊下の壁にぐたりと倒れこみ、俺は再度走り始める。

 迷路のように入り組んでいる城の通路をすいすいと走り、ほどなくして玉座の間に到着した。
 しかし、その扉の前には2体のヴァンパイア。
 普段は空いている玉座の間へと続く扉を堅く閉ざし、その両隣に警戒心むき出しで立っていた。

 さて、今度はどうするか?

 さっきみたいに問答無用で襲い掛かる手もある。
 しかしながら、このヴァンパイアは中々の手練れのようだ。
 片方を仕留めてもその異変に気付いた残りの1体が臨戦態勢に入ったら、たとえ俺が自然同化中だとしても手こずる可能性がある。

 かといってこの2体を素通りしようにも扉が邪魔だ。
 誰もいないのに急に扉が開いたらそれこそ不可解だからな。

 じゃあどうするか。
 うーん。ここはやはり幻惑魔法で乗り切るか。

「おいしょ……!」

 俺は短く気合の声を出しながら幻惑魔法を発動し、忍び足で扉へと近づく。
 今回の幻惑魔法は“玉座の間の方から何か物音が聞こえた”という幻……というか幻聴だな。
 そんな内容の幻をヴァンパイアたちの脳に刷り込めば、やつらは確認のために扉を開けるだろう。
 その隙間をすり抜けて玉座の間に侵入してやろうという計画だ。

 じゃあ、そんな感じで。

「ん?」
「聞こえたか?」
「あぁ、中から物音が……?」
「確認するか?」
「そうだな」

 俺の思惑通り2体のヴァンパイアは扉を開け、部屋の中を確認する。
 それを利用し、俺はするりと部屋の中へと侵入した。

「何もいないな」
「気のせいか?」
「そうだな。扉を閉めよう」
「そうするか」

 そんな会話を背中の方から受け、俺はにやりと笑う。
 おし。とりあえず玉座の間に侵入するのには成功した。

 んでさ。もちろん玉座の間には国王はいないんだけど、ビルバオ大臣の野郎の姿も見えないな。

 だけどこの部屋に入ってみると、玉座の間のさらに奥、王族たちのプライベートルームがある区域のとある部屋から不可解な魔力の放出が感じ取られた。
 これがおそらく例の結界魔法だろう。

 俺は周囲を警戒しながら足を進め、玉座を通り過ぎる。
 さらに奥の部屋に進むと、扉の隙間から異様な魔力を垂れ流す部屋を見つけ出すことができた。
 その扉を静かに開け、部屋へと入る。

「国王様!」

 そこではいくつもの結界魔法に包まれた国王がぷかぷかと宙に浮いていた。

「……む、むう……その声は……タカーシか。そこにいるのか? 何をしに来た? 危ないであろう?」
「助けに来ました。でも大丈夫です。王子と、フォルカー軍の副将軍とともにきましたので!」
「なぬ? 我が息子もか? しかしその……フォルカーのところの副将軍とは?」

 うーん。マユーさんの身の上話は……これも説明するのめんどくせぇな。

「説明は省きたいのですが、副将軍ですが将軍級の実力の持ち主。しかも麒麟です!」
「ぬ……なるほど。それなら」
「いえ、そうじゃなくて……。そういうわけで王子の身は大丈夫なので、それより国王様を! 今お助けします!」
「うむ、頼む。良きに計らえ」

 ここまで会話をしてみてわかったんだけどさ。
 国王に元気がない。だいぶ衰弱しているようだ。
 しかも国王はぷかぷかと浮いたまま少しもがいたけど、その動きは無力化されるだけ。
 つまり床や壁などに足をつけて踏ん張ることができないから、移動することができないんだ。

 これ、さすがの国王といえども自力での脱出は難しいよな。
 おし、じゃあ国王の言う通り良きに計らせてもらうとするか。

「うーん……」

 国王の許可も得たことだし、俺は結界の調査を開始することにした。
 しかしなかなかに強力な結界が幾重にも重ねて張られていやがる。
 わかりやすいのはやはり内向きの防御用結界魔法。ヘルちゃんが俺たちにかけてくれる防御魔法によく似た気配の魔法が国王を包み込むように張られており、この結界がやたらと強力で解除にはなかなか苦労しそうだ。

 そして地面に描かれた防御用結界魔法の魔方陣を守る結界。これは媒体なしで発動できるタイプだな。
 でもこれを作った術者を何とかしないと解除できないし、これを解除しないと魔方陣を破壊できない。

 さらには侵入者を感知して爆発するトラップ系の結界。国王を宙に浮かせている結界。挙句は侵入者を感知して大音量の鳴る侵入者発見用の結界。そして国王から魔力を吸収するたちの悪い結界などなど……。

 もうここぞとばかりに結界魔法を使っていやがる。
 特に魔力を吸収するタイプの結界がヤバいな。そりゃ国王もここまで疲弊しているわけだ。

 しかし、幸運なことにここに来たのは俺だ。

 魔法による結界に対抗するには、魔力による自然同化。
 つまり自然同化魔法中の俺は結界の類に引っかかることはない。
 現に俺がこの部屋に入っているのに、侵入者発見用の結界が発動していないからな。

 結界魔法の触媒となる水晶玉を移動させたり、燭台の火を消したり。
 そんな感じで結界魔法を1つ1つ解除していると、ふと奥の部屋の扉が開いた。

 ビルバオ大臣だ。

「どうした? 余の首でも取りに来たか?」

 俺は部屋の隅に移動し、息をひそめる。
 国王も状況に合わせ、何食わぬ顔でビルバオ大臣に対応した。
 とはいえ俺がいくつかの結界を解除してしまっていたため、その異変はビルバオ大臣も把握済みだ。

「結界の異変を感じてきたのですが……やはり何かいますな……?」

 クーデターを起こしておきながら今更国王に敬語とか白々しいな。
 もちろんそんなビルバオ大臣の態度に国王も憎しみを込めた表情を浮かべる。

「何がいると申すか?」
「残念ながら結界がいくつか解除されてます。これは……?」

 そうです。俺の仕業です。ぐわっはっは! バレてしまってはしょうがない!

 ――じゃなくて。
 ビルバオ大臣がそう言いながら怪しい笑みを浮かべ、周囲を見渡す。
 対する国王は俺の存在を誤魔化すため、悔しそうな表情をした。

「ち、バレたか……」

 そして国王は宙に浮きながら犬かきのように脚をバタバタさせる。
 これにより、“国王が自力でこっそり結界から抜け出そうとしていた”という印象をビルバオ大臣に与えようとしているらしい。

 しかしながら切れ者のビルバオ大臣はその程度の演技では誤魔化せない。

「陛下のご子息がこの城で暴れているとの情報もあります。その他数体の魔族の協力者も確認できております。
 よもやここまで侵入できるとは思えませぬが……念のために……」
「ふん。好きにすればよい……」

 会話をしながらも双方の魔力が激しくぶつかり合う。
 俺は部屋の隅で息をひそめながらおしっこちびりそうになっていたけど、ここで1つの事実に驚いていた。

 ビルバオ大臣の魔力の大きさもそうだが、結界魔法によって魔力を吸収されながらもそれをしのぐ勢いで激しい魔力を放出している国王。
 なんっつー魔力だよ、これ。バレン将軍より数段上の魔力なんだけど……。

 いや、でもそれでも無理して多量の魔力を放出している節があるな。
 これは……俺の存在を誤魔化すため、あえて国王は無理して魔力を放出しているのかも。
 ビルバオ大臣を威嚇するためにな。

「……」

 さて、それじゃ俺はどうするか?

 このまま隠れ続けるか。
 それとも自然同化魔法を解除してビルバオを糾弾するか。

 いや、俺の特技はあくまで自然同化魔法。このまま身をひそめ、機会を待つ。
 それこそが今俺にできる唯一のことであり、姿を現すなんてもってのほか。
 だいたい俺が何か言ったところでビルバオ大臣が俺の言葉に耳を貸すとは思えん。

 じゃあ、この状態のままもう少し状況を見守ろう。

 しかし……

「そこにいるのだろう? エスパニの息子よ。名は……タカーシといったか?」

 バレてるぅ!

 いや! 落ち着け、俺!
 俺は今マックスの自然同化魔法を発動中。決してバレるわけがない。
 これは罠だ。罠というか、ビルバオ大臣が適当に言ってるだけだ。

「何故タカーシがここにいると申すのだ?」

 俺の存在を否定するように、国王が低い声でビルバオに問いかける。
 しかしながら対するビルバオ大臣は薄ら笑いを浮かべながらそれに答えた。

「くっくっく。誤魔化しても無駄ですぞ、陛下。
 陛下のご子息が城内で暴れておられる。そのような夜に陛下に施した結界魔法がここまで壊されている。
 しかし侵入者の姿は見えない。このような状況、答えは簡単でしょう。
 姿や存在を隠せるという特殊な魔法を操るエスパニの息子が侵入しているのでしょう?
 今現在、この部屋に……?」

 バレてるぅ!

 いや! もっかい落ち着け、俺!
 まだだ。まだ俺の存在がバレたわけじゃない!
 たぶん……いや、ギリギリだけど、確定したわけじゃないんだ!

「あの子は幼いながらに頭が切れる、かつしっかり者として評判です。
 人格も能力も、バレンが陛下の救出のために差し向ける人材としては最適。
 加えて王子と仲の良いタカーシが選ばれたからこそ、王子も同行している。違いますか?」

 ち、違いませーんッ!
 ほぼその通りでーすッ!

 くっそ! このビルバオという男。だてに大臣をしているわけじゃねぇ!
 かなりのやり手だ!

 でもだからと言ってわざわざ姿を現すなんざ、する必要はない。
 よし、じゃあ気持ちを切り替えて、この状態から対ビルバオ大臣戦をおっぱじめてやろうじゃねぇか!

「ぬぬぬ……!」

 覚悟を決めた俺は体から放出する魔力をさらに増し、自然同化の威力を強める。

「今、わずかに声が聞こえた……結界も揺らいでいる。やはりこの部屋にいるのだな、タカーシよ」

 対するビルバオ大臣も重心を深く落とし、臨戦態勢へと入った。

 ちなみにな、このビルバオ大臣というヴァンパイア。
 大臣という肩書きだが、ヴァンパイアとしては最高の爵位を与えられ、それにふさわしい戦闘力も持っているという。
 人間とのハーフということで突発的に例外的な強さを持って生まれたバレン将軍という存在がいなければ、その実力たるや将軍職についていてもおかしくはないレベルらしい。

 でもここは逃げるわけにはいかない。あと、ビルバオ大臣を放置しておくわけにもいかない。
 国王を拘束している結界魔法のうちの1つが、この魔族から放出されている魔力を供給源としているっぽいからな。
 こいつを倒さなきゃ国王の救出は不可能なんだ。

 覚悟も十分。装備も十分。そして俺の魔力も十分。
 “調査だけでいい”というバレン将軍の指示も頭から消えちゃったし、ここは男として逃げるべきではない。

「……」

 俺は無言で剣を抜き、それを構える。
 かくして、対ビルバオ大臣戦が開始された。



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